2026年3月21日、日本大学文理学部次世代社会研究センター「RINGS」と日本大学櫻丘高等学校が共同で実施する探究学習の成果発表会が開催されました。同発表会はRINGSが企画する「高大連携事業」の一環で、高校生、大学生、社会人が一緒になって探究を進め、新しい提案をするというものです。電気事業連合会もプロボノ(職務上の専門知識・技術を生かして行うボランティア)として参加しています。今回は参加した高校生にフォーカスし、RINGSの高大連携事業への挑戦を追いました。

RINGS、「高大連携事業」で新たな取り組み
2020年12月に日本大学文理学部に設立された「RINGS」。同大学関係者に限らず、研究者、自治体、企業、団体、メディアなど、さまざまな人々が参画し、コミュニティベースで社会課題の解決に向けた基盤の整備を目指す研究センターです。このRINGSが手掛ける「高大連携事業」では、高校生と大学生、プロボノとして参加する社会人によるグループが一つのテーマについて探究学習を行っています。

「名目だけの産官学連携」からの脱却を掲げ、多様な知見を集めて社会課題の解決を目指すRINGS
例年は最初に「カーボンニュートラル」などのテーマを設定し、興味を持つ高校生が参加して学びから得た提案を発表するゼミ形式でした。しかし今回は、まずは高校生が自己分析と自己表現を徹底的に磨くことからスタート。自己分析を通して、自分の興味・関心のあることをわかりやすく言語化できるようになってから、自分の興味・関心が重なる社会課題について深く掘り下げ、発表していく形式を取りました。
RINGSのセンター長である日本大学文理学部 情報科学科 准教授の大澤正彦先生は、「自己分析ができた高校生がエネルギー問題のような難しい社会課題と向き合ったとき、何を感じ、どんな発想が生まれ、自分らしくどのような提案ができるのか。これまでよりも挑戦的な方法を採用しました」と、その狙いを話しました。

RINGSのセンター長・大澤先生。今回の高大連携事業は新たな試みに挑んだ
夢はスポーツ選手のリスクを取り除くこと
今回参加した高校生は、日本大学櫻丘高校1年生(取材当時)の野澤尚真さん。2025年11月に高大連携事業を知り、参加を決めました。その理由を、「最初は大学受験に活用できるかなと思って興味を抱きました。でも、社会課題について考えることが好きで、将来それを仕事にしたいと考えていたので、これだ!と思いました。企業の方々とコミュニケーションを取りながら活動できることにも魅力を感じました」と、純粋な探究心が勝っていったと振り返ります。

ゴルフ部に所属する野澤さん。野球観戦、ゲーム、SNSが趣味で、笑顔がトレードマーク
準備段階では、自己紹介プレゼンテーション資料を作成し、大澤先生や大学生メンター(助言者)からフィードバックを受けたり、AIを用いたアプリ開発などを手掛ける企業が作成した自己分析ツールを体験したりと、自己分析と自己表現に磨きをかけました。野澤さんはメディアや発信に興味があったため、大澤先生が登壇した日本科学未来館でのイベントにも参加し、情報発信の裏側を体験しました。
野澤さんには、以前から「すべてのスポーツ選手を取り巻くあらゆるリスクを取り除きたい」という大きな夢があり、今回の活動で「自分は具体的になぜそう思うのか」など頭の中を整理することができたといいます。スポーツ選手のリスクを考えるようになったのは、ある出来事がきっかけでした。
それは、横浜DeNAベイスターズの関根大気選手の身に降りかかったSNSでの誹謗中傷問題。発信者情報開示の法的手続きに踏み切った事件について野澤さんは、「アスリートが本来戦うべきプロスポーツの舞台だけでなく、そうした攻撃とも戦わなくてはならなくなってしまったことに疑問を覚えるようになりました」と、悲しい表情を浮かべます。
大学生メンター(助言者)の日本大学 文理学部 情報科学科4年(取材当時)の墨 泰我さん(左)と古賀日南乃さん(右)が野澤さんを発表会まで導いた
インターネット上での誹謗中傷や悪質なコメントについて、「書き込まれたことがある人」は10.9%、「書き込んだことがある人」は6.3%という調査(2023年9月発表のBIGLOBE「インターネット上の誹謗中傷に関する意識調査」より)があります。この結果に着目し、「約4%の差からは、さまざまな可能性が考えられる。1人が複数人を誹謗中傷していると解釈するのが自然とも思われるが、実は誹謗中傷を書いたと認識している人が少なく、認識のずれや差があるという可能性もあるのではないか」と分析しました。
「冗談」や「何となく」を理由に書き込むなど、誹謗中傷はする側とされる側の認識にずれが生じることがあります。野澤さんは、書いたことがある人が少数なのは、誹謗中傷を書いたと認識していない人が多いという可能性を読み取りました。このように、興味があるジャンルについて、自分はどのような思いを抱き、どう考えるのかを掘り下げることで自己分析を深めていく中で、電気事業連合会の協力によりエネルギー問題についてレクチャーを受けました。
「誹謗中傷問題×エネルギー問題」どんなつながりが…?
プロボノである電気事業連合会から野澤さんに日本のエネルギー情勢などに関するレクチャーが行われました。日本は島国であるために他国とエネルギー供給網をつなぐことができない、石油や石炭などのエネルギー資源が乏しい(エネルギー自給率が低い)といった国土の特徴をはじめ、再生可能エネルギーや火力発電、原子力発電などの特性と現状、さらには国際情勢による燃料途絶、資源高騰などの影響、世界各国の状況など、あらゆる角度から日本を取り巻くエネルギーの今が広く伝えられました。
大澤先生の研究室で、プロボノである電気事業連合会の田中智基さんからレクチャーを受ける野澤さん
日本のエネルギー情勢について幅広く学んだ
野澤さんはレクチャー後に、「どのようなニュースも他人事ではなく自分事なんだということを強く感じました。その中でも驚いたのが日本の火力発電の割合です」と話します。日本は、火力発電の割合が約7割と高く、かつ火力発電の燃料のほとんどを輸入に頼っています。今、大きな関心を呼んでいる中東情勢をはじめ、海外で問題が起き、日本への燃料供給が途絶えた場合の日本経済や生活への影響の大きさ、今後のAIの活用拡大により電力需要の増加が見込まれ、電力の安定供給が課題になっていることに衝撃を受けました。
そうした現実的な課題がある一方で、発表のために調査を進めると“興味関心”の面での課題も見えてきました。日本では環境問題の検索数は右肩上がりで上昇しているものの、電力の安定供給に必要な「発電方法」の検索数は横ばい。さらに、高校生30人に行った独自アンケートでは、発電や電気などエネルギーについて興味関心があると答えたのは半数以下で、半数以上は自分事ではないということが明らかになりました。

独自に調査した高校生30人に聞いた結果(野澤さん発表資料より抜粋)
ここで野澤さんは、誹謗中傷の問題とエネルギー問題を結びつけます。「誹謗中傷の問題は、被害者と加害者の認識のずれが原因の一つ。エネルギー問題で考えたら、消費者と事業者の間にあるエネルギーや電気に関する意識のずれに近いのではないか」と考えました。この認識のずれをなくすことができれば、誤解を減らすことができて、さらには興味関心を呼び起こすことができるのではないかと仮説を立てたのです。
認識のずれを埋める2つの提案
誹謗中傷の問題とエネルギー問題への探求を深めた野澤さんは、発表会当日を迎え、「エネルギーの認知度の向上のための対策案のSNSの活用」をテーマに発表しました。多くの若者たちはSNSを情報取得・発信の場としています。そこに野澤さんらしさを加えて、若者に対してエネルギー問題への興味喚起を促す次の2つの提案をしました。

自身で考案した新しいSNSの形を提案する野澤さん
●提案1「逆エコーチェンバーSNS」
エコーチェンバーとは、SNSで自分と同じ考えの投稿ばかりに触れることで、それが正義だと思い込んでしまう現象です。誹謗中傷の主な原因として、このエコーチェンバーが関係していると指摘し、逆に「興味のある情報や投稿が表示されないSNS」を提案。一つの考えに染まることを制限できれば、過激な発言も抑制できるのではないかと考えたのです。
とはいえ、興味のない投稿ばかりが出てきても、見てもらうのは高いハードルがあります。そこで、エネルギーに関する投稿を見た分だけ電気料金などに使えるクーポンがもらえる仕組みを考案しました。「タイムパフォーマンスやコストパフォーマンスを重視する現代社会。物価高が叫ばれる中で、読む人にとってメリットを提示できれば」という現実的な視点から生まれたアイデアです。

プレゼンテーション資料は大学生メンターの助言を得ながら自ら作成
●提案2「スローライフ発電ゲーム」
ゲームの中で発電所をつくり、電線をつなぎ、発電して暮らしていくスローライフ系のゲームを作るというものです。ゲームの中で自ら電気をつくりながら暮らし、ゲームの中に登場する周辺住民の理解を得ながら、エネルギー問題や環境問題をクリアしていくというストーリーを組み込めば、自然と世界が抱える社会課題への理解が深まると考えました。
「ゲームからたくさんの知識を得ている」と言う野澤さんは、人気ゲーム『あつまれ どうぶつの森』でのカブ(野菜)の売買を通じて株取引の仕組みを学んだと言います。勉強という壁を気にせず、ゲームをしながら知識を得られれば、興味関心や理解につながっていくのではないかと提案しました。

発表直前、緊張した表情で準備を進めていた
誹謗中傷の問題もエネルギー問題も、理解やリスペクトがないことで認識のずれが生まれ、結果的に否定や拒絶へとつながっていきます。「興味関心が生まれれば理解が、理解が得られればリスペクトが、そこから議論が生まれて、多くの人の新しい興味関心へとつながっていく。このサイクルを生むことはきっとできます」と、熱く言葉を紡ぎました。
発表を終えて野澤さんは、「電力について学ぶことが勉強だと思ってしまう現状は、エネルギー問題を自分事と捉えられていないことの裏付けになります。自分事と捉えるには認知と興味が必要で、興味が高まれば『学ぶこと』が積極的な『楽しみ』に変化します。こうした動きが発展していけば、いつか高校の部活動で“発電部”ができるかもしれません。人をつなぎ、考えをつなぎ、そして世界をつなぐ。それがエネルギー問題への関心が薄かった高校生の考える提案です」と、締めくくりました。

エネルギー問題と自身の興味をつなげた発表を終えた
自己分析が社会課題を解決へと導く
今回の高大連携事業は、高校生が自己分析を通じて自分の興味と社会課題を結びつけ、独自の視点から提案を行う新しい学びの形を示しました。野澤さんが提案した「興味→理解→リスペクト→議論→新しい興味関心」というサイクルは、エネルギー問題だけでなく、あらゆる社会課題に共通する本質を捉えています。
野澤さんはレクチャー直後に、エネルギー問題についてこう話していました。「エネルギーは国を支え、僕たちの生活に深く結びついているのに、当たり前にあるものすぎて多くの人の興味関心が薄いです。いろいろな話を聞いて、僕も自分事だと思っていないと初めて気付かされました。理解をしたからこそ、その重要性を改めて感じることができました」。

発表を終えて、ほっと肩をなでおろす野澤さん
スポーツ選手の誹謗中傷問題とエネルギー問題の何が掛け合わせられるのか。その共通点は、どちらも多くの人たちの目に映っていない部分がたくさんあることです。
大澤先生は「スポーツ選手なら、人となりや家族の存在。エネルギーなら、それぞれの発電方法の現状や日本が抱える課題。そうした情報が一般には見えていません。この見えない部分の伝え方にフォーカスを当てた野澤さんの着眼点はすばらしいですね」と讃えて、「自己分析を深めることができれば、高校生でも自分とテーマを掛け算し、自分らしい発想で難しい社会課題に向き合えます」と続けました。

発表会を終えて。(左から)大澤先生、野澤さん、古賀さん、墨さん、田中さん
自分の関心事とエネルギー問題を見事に結びつけた野澤さんの成長は、自己分析の重要性と若い世代の可能性を証明しました。エネルギーは単なる専門知識ではなく、私たちの生活と未来を支える土台です。人をつなぎ、考えをつなぎ、そして世界をつなぐエネルギー。その未来を担うのは、今日ここで学び、成長した若者です。
高校生、大学生の柔軟な発想や若者ならではの視点に、新たな気づきがありました。本文中のアンケートは高校生を対象にしたものでしたが、年代を問わず、電気・エネルギーへの興味・関心は高いとは言えない状況です。電気について言えば、資源に乏しい島国の日本で、増えていく電力使用量や地球温暖化に対応しながらどう安定して電力を確保していくのか…考えるべき課題は山積しています。難しく捉えがちなエネルギー問題を、一人ひとりが自分ごととして考えるための重要なヒントを教えてもらった貴重な取材経験となりました。
企画・編集=Concent 編集委員会