あなたとエネルギーをつなぐ場所

本気でドラえもんをつくるAI研究者・大澤正彦さんが語る人とロボットの未来

2023.03.07

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幼少期から「ドラえもんをつくりたい」と思い続け、大学生のころに研究をスタートした大澤正彦さん。現在は日本大学文理学部情報科学科助教、次世代社会研究センター(RINGS)センター長を務めながら、人の心や、人とロボットの関係性に着目したHAI(ヒューマン・エージェント・インタラクション)を軸にミニドラ的エージェント(ロボット)作りに取り組んでいます。ドラえもんをつくる道のりや、AIと人との関係性などについてお話をうかがいました。

 

みんなが認めたら、ドラえもん

――――――大澤さんが考える「ドラえもん」とはどういうものですか?

「世界中のみんながドラえもんと認めたら、ドラえもんである」と言っています。ドラえもんを好きな理由や、ドラえもんはこうあってほしいという願いが人によって違うので、「〇〇ができる」というような機能を要件にすると、「それは私にとってはドラえもんではないです」という人が出てきてしまいます。“友だち”という存在と同じだと思うんです。「お互い友だちだと思っていたら友だち」というような、そんな定義の仕方が本質的にぴったりくるなって思ったんです。
定義が決まるとアプローチの仕方が見えてきました。例えばドラえもんはタイムマシーンに乗ってやって来ますが、タイムマシーンは作らなくてもいいかもしれない。目の前にいるドラえもんを愛してやまない人に「でも僕タイムマシーンで来ていないんだけど、それでも僕のことドラえもんとして見てくれる?」と聞いたら、「いいよ」と言ってくれる人も結構いると思うんです。そういう“科学技術と世論や人の思いとの接点”を初めて見つけたんですよ。

だから技術で解決することだけでなく、人とロボットのコミュニケーションで解決すること、技術と未来のコミュニケーションを想像してそこから逆算してつくることを大切にしてつくっています。

 

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大澤さんが研究室のメンバーとともに開発中のミニドラのようなロボット

――――――現在は、“役立つ”“かわいい”を両立するロボットとして、「ドララ」とだけ言葉を発するミニドラのようなロボットをつくられていますね。

このロボットをつくる技術の軸になっているHAIという技術は、かみ砕いていうと物に心があるように感じさせる技術です。単体だと何もできないけれど、人とのかかわりで面白いことができます。例えば、ランダムに「ドララ」という言葉を発するようにプログラムされたロボットと「ドララ」だけで1時間半も会話をした人は、「人間みたいに知能があるんですね」と言われていました。「いい天気だね」という質問に返ってきた「ドララ」という反応を、人がおのずと「そうだね」と言ったと理解するというような感じです。単体だとランダムに動くだけのモーターのつながりでしかありませんが、人とロボットの関係性でとらえると、1時間半の楽しい会話が生まれるんです。また、二頭身の形も幼い子どものようで、助けてあげよう、サポートしてあげようという態度で人がかかわってくれる。その曖昧さと幼さがうまく調和しているんです。

――――――人がロボットに寄り添っていく、ロボットが人の優しさを引き出していく、優しいロボットですね。

3歳の娘がいるんですが、知能の研究者なので、生まれる前は赤ちゃんの動きに「あぁ、これは反射的な反応だ」と捉えてしまって、かわいいと思えないんじゃないかと不安だったんです。でも、いざ生まれてみたら、めちゃくちゃかわいくて(笑)。あぁ、もうこれには科学は勝てないなぁと思いました。賢さも何も身につけていない状態のときから愛されていて、愛されているところが出発点。愛されているなかでかかわってもらえるから、賢く、人に馴染める人になっていく。ロボットもそうあるべきだなと感じています。

 

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――――――いろいろな専門分野の方と協力して開発されているんですよね?

ひみつ道具を作っている仲間たちがいるから、僕はドラえもん本体をつくることに専念できています。さらに、ロボットの体を作れる僕より優れた友人がいるので、僕はロボットの心の部分に専念できる。ドラえもんのほんの一部しかつくっていないけれど、仲間とつながってドラえもん全体をつくっているという感覚があります。そのうえで、大学で教壇に立つことや、取材でお話しすることも僕の役割分担だと思っています。

――――――チームを大切にされているんですね。

チームを大切にするというよりも、ドラえもんをつくるためにチームが必要で、必要なものがたまたま大切で好きなものだったという感覚です。みんなで取り組んでいる時間も楽しいし、それが楽しかったということはラッキーだなと思います。

――――――ミニドラ的エージェントを使ったワークショップを各地で開催されていますが、印象的な出来事はありますか?

「僕、ドラえもんをつくりたいんだ」と言ってくれる子どもに初めて会ったこと。そしてその子の思いを守ろうとしているお母さんを見て、そんな子どもの思いが折られてしまうような世の中だと思われていることに、ドキッとしました。
今は、ドラえもんをつくりたい子たちとつながって「ドラえもんをつくる子どもの会」を開催しています。月に1回、日本各地や世界とオンラインでつながって、何をしたかを共有したり、ゲストを呼んで話を聞いたり。回を重ねていくと子どもたちのボルテージが上がって、SNSで作った物の発表会が行われるように(笑)。月1回、1時間半話すだけで後押しになることに驚いたし、当然だとも感じました。自分が子どものころにあったらよかったなと思うことを届けたいと思って、力を入れてやっています。
同じ夢を持っている人が一人でもできたときに世界は変わっていくし、それは“つながる”という簡単なことだから、それが当たり前にできるようにやっていきたいです。
 

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日本科学未来館で行われたワークショップの様子

100人が100人のために

――――――人とのつながりを大切にする大澤先生らしく、RINGSはコミュニティベースの研究所ですね。カーボンニュートラルの研究もされているとか。

RINGSは、いろいろな分野から人が集まって仲良くなり、根っこの部分で考えていることを話し合える場を作り、あとはその人たちの中で自然にプロジェクトが生まれていくという設計です。カーボンニュートラルの研究はドイツ文学科の学生から輪が広がり、ボードゲームに詳しい学生を中心にカーボンニュートラルを学べるゲームを作って体験会をしました。ユーチューバーの学生がそのゲームの実況動画を作ったり、高校生に向けてゼミを行なったり。大澤研究室でも節電の呼びかけをするエージェントを研究して、学生が国際会議などでも発表しています。電気事業連合会さんにも、エネルギー施設見学会などを通じた学習支援をいただきながら活動をしています。

――――――研究がいろいろ枝分かれして広がっていくんですね。先生ご自身は火力発電所に見学に行かれたことがあると聞きましたが、エネルギー問題は身近に感じていますか?

みんなが不便なく快適に生活できているのは、優れた技術でトラブルなく支援をしてくれているから。エネルギーはその最たる例で、ボタンを押せば光が灯るくらい、自動化されています。火力発電所を見学した時に、熟練した技術を持つ人たちが長い間支えてくれていること、この人たちがいることで僕たちはエネルギーの存在に気づかないでいられるんだと思えました。誰にも気づかれずにそうやっている姿を、心から尊敬したんです。
エネルギーは僕らの当たり前になっていて、今も最先端でどんどん深く新しい技術が生まれ取り込まれています。一般の人がそれを全部理解するのはすごく難しいですよね。性能、必要性、メリットやデメリットなど全部を説明しきれないなかで、どうエネルギーと向き合っていくのか、チャレンジとしてとても興味深いです。エネルギー開発が世論とともに歩んでいる技術であるように、人工知能やロボットも負のイメージを持つ人が少なくなく、世論とともに歩んでいく技術です。世論と向き合うことを、今いちばん実践しているのが、エネルギーの分野の人たちだと思うので、そこまで自分のプロジェクトが到達できるのかということを考えると、エネルギーの分野にあこがれます。

――――――大澤さんにとって電気エネルギーはあこがれですか?

そうかもしれませんね。電気とは、というより、それを支えている人にあこがれているのかもしれません。電気って多くの人に支えられた、宝物だと思います。

――――――RINGSでコミュニティベースという新しい取り組みをされ、未来に向けて研究はどうあるべきだと考えていますか?

受験、会社などで評価されるためには、評価軸に合わせるという形をとらなければいけません。でも僕は、それぞれの価値軸のある世界観がいいなと思っています。ミニドラを目指したロボットがまさにそれで、イメージ先行で作ったものに対し、それがなぜ素晴らしいのかという価値軸を作っていったのが僕の研究です。なぜそれが素晴らしいのかをみんなで見つけていくと、自分では気づけなかった世界や価値観がある。自分の好きなことに突っ走っていけるって素晴らしいよね、というコミュニティベースになれたらいいなと思っています。「100人で100人の夢をかなえる」がキャッチフレーズ。1人の夢は100人で支えます、その関係性は100人分あり、100×100で1万人分の力が出ます、ということを目指したいです。

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――――――ドラえもんづくりのプロジェクトは2044年に完了の目標を掲げていますが、今後の展望を教えてください。

ドラえもんの作り方が定まったという意味では、自分としては想像以上の成果が出たと思っていて、プロジェクトとしては順調です。現在はドラえもんをつくる準備やPR活動を一生懸命やっています。それを全部やり終えて、残りの15年を技術者としてドラえもんの開発に取り組むのが僕の目標です。


大澤正彦

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おおさわ・まさひこ。日本大学文理学部情報科学科助教、次世代社会研究センター(RINGS)センター長、専修大学ネットワーク情報学部ネットワーク情報学科兼任講師。博士(工学)。東京工業大学附属科学技術高等学校情報・コンピュータサイエンス分野、慶應義塾大学理工学部情報科学科をいずれも首席で卒業。2017年慶応義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了。学部時代に設立した人工知能コミュニティ「全脳アーキテクチャ若手の会」は2500人規模に成長。IEEE Young Researcher Award (2015年)をはじめ受賞歴多数。グローバルな活躍が期待される若きイノベーターとして「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」2022に選出。著書に『ドラえもんを本気でつくる』(PHP新書)。

 

インタビュー:Concent編集部


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最先端ロボットで高齢化社会の未来を切り拓く!本業・主夫のロボットクリエーター・古田貴之さん

2024.04.04

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未来ロボット技術研究センター・fuRo所長 古田貴之さん

未来ロボット技術研究センター・fuRo(フューロ)の所長であり、ロボットクリエーターとして世界的に活躍する古田貴之さん。fuRoは学校法人千葉工業大学直轄のロボット研究開発施設で、「ロボット技術で未来の文化を創る」というミッションのもと、企業や国と連携しながら画期的なロボットやパーソナルモビリティを次々と開発しています。高齢化社会への対応などの面からも、ロボット技術への期待が一層高まる中、ロボット研究の第一人者である古田貴之さんに、これまでの歩みやエネルギーへの思いを聞きました。

 

ブロックやガラクタでひたすらロボットをつくっていた少年時代

――――――ロボットに興味を持ったきっかけを教えてください。

幼少期にアニメ『鉄腕アトム』を観たことがきっかけで、ロボットに興味を持ちました。当時、父親の仕事の関係でインドに住んでいたのですが、暑すぎて外で遊ぶことができず、家の中で過ごす時間が長かったんです。『鉄腕アトム』の天馬博士に憧れて、アニメを観てはブロックやガラクタでひたすらロボットの模型をつくって遊んでいました。

小学2年生の頃に帰国したのですが、協調性を重視する日本の学校にあまり馴染めず、僕の興味はさらにロボットに注がれました。その頃からJISの規格便覧を読んで設計図の書き方を勉強し、本格的なロボット製作にのめりこんでいきました。子どもがロボットをつくるといったら、プラモデルを思い浮かべる人も多いと思いますが、プラモデルはメーカーが思い描いたものしかつくれません。僕の場合は、木やプラスチック、アルミの板などを買いこんで、パーツはもちろん歯車に至るまで、すべてイチからつくるくらいこだわっていましたね。最終的な完成図を想像し、その製作プロセスを考えることが楽しかったんです。
 

――――――中学生の頃に転機となる出来事があったそうですね。

実は14歳の頃に難病を患い、余命宣告を受けるほど重篤でした。同じ病気の友人が亡くなっていくのを目の当たりにしたとき、「この世に何か残したい」という思いが芽生えたんです。自分にできることは何か?世の中で役立つものは何か?その考えの行きつく先は、僕の得意分野であるロボットでした。

 

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学生時代に病気を患い、車椅子を使った経験が今につながると話す古田さん

 

当時、僕は病気の影響で歩くことができず、車椅子を使っていました。そのときに「若いのにかわいそう」「押しましょうか?」なんて言われるのが、とても嫌だったんです。車椅子は便利な乗り物ですが、僕にとってワクワクするものではなかった。だからこそ、車椅子を仕方なく乗るものではなく、「欲しいもの」「かっこいい乗りもの」にしたいと考えるようになりました。奇跡的に回復して今に至りますが、そのときの思いは現在の活動にもつながっています。障がいがあってもなくても、若者でも高齢者でも、みんなが乗りたくなるようなパーソナルモビリティを開発しています。

 

人の生活に寄り添うロボットをつくりたい

――――――これまで手掛けた研究・開発の中で、印象に残っているロボットを教えてください

僕が実現したいのは、人のできないことをロボット技術で補完して、みんなが活躍できるコンヴィヴィアルな社会(共生社会)。人の生活に近いところで技術を役立てようと開発したのが、電池とモーターで動くパーソナルモビリティ「ILY-A(アイリーエー)」です。座って移動したり、キックボードのように立ち乗りをしたり、カートのように荷物の運搬に使ったり、用途に合わせてトランスフォームしながら使うことができます。

 

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fuRoと株式会社アイシンが共同で開発したパーソナルモビリティ「ILY-A(アイリーエー)」。「乗ってみたい」と思わせるデザイン性にもこだわっている

 

実は、ILY-Aはベビーカーから着想を得てつくりました。僕は二児の父親なのですが、子どもがベビーカーに乗るのを嫌がったとき、歩かせるか抱っこをして、ベビーカーには荷物を乗せて運ぶことが結構あったんです。そこで、自在に変形できる多用途のモビリティをつくりました。僕は研究者である以前に、父親であり主夫だと自負しています。仕事よりも子育てを優先する生活だったからこそ、人々のライフスタイルに近いところで技術を役立てたいという思いを強く持っています。

 

――――――主夫とロボット開発者という2軸を持つ古田さんだからこそ、生まれてくるものがあるのでしょうね。

何と言っても、僕の本業は主夫ですから(笑)。研究者の中には、技術をとことん追求するのが好きでも、実用化に落とし込むところには興味がない人も多いんです。僕の場合は人の生活そのものに関心があって、実際に、パナソニックさんと共同でロボット掃除機の開発を手掛けた事例もあります。世の中に便利家電は増えていますが、家事がもっとラクになったら喜んでくれる人は多いはず。主夫業に励みつつロボット開発者として、技術によってどこまで家事をサポートできるのかを常に考えています。

 

ロボット開発よりもロボットを使うための環境整備が難しい

――――――東日本大震災での原発事故後、福島第一原子力発電所で運用する調査ロボットの開発にも携わっていたそうですね。

東京電力と政府からの要請を受けて、放射線量が高く人が立ち入ることのできない原子炉建屋内を調査する、遠隔操作ロボットを開発しました。このロボットには、fuRoが災害救助ロボットの研究で培った技術が生かされています。

当時、僕が最も悩んだのは、現場のオペレーションにロボットをどう組み込むか。東京電力の社員が現場でロボットを使いこなす必要があり、それはロボットを開発するよりも難しいことでした。ロボットの操作・メンテナンスのマニュアルを作成するだけでなく、原子炉建屋の階段や廊下を模した実験場をつくり、我々の指導のもと東京電力の社員数名にもそこで訓練をしてもらいました。その後、訓練した社員が教官となり、現場で他の操作者を訓練することで導入を進めていきました。

 

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災害対応移動ロボット「櫻壱號(サクライチゴウ)」。原子炉建屋など、人が入ることのできない危険な場所での調査を行う

 

身近にある技術のほとんどがそうですが、「技術的にできること」と「誰もが使えること」には大きな隔たりがあります。例えば、車という乗りものをつくるのは簡単ですが、安全性や交通事故の発生に配慮する必要があるため、車の規格や道路交通法が整備されています。新しい技術を大勢の人に使ってもらう場合、まずは環境整備から始めなくてはならないのです。

 

電気の正しい情報を知ってみんなで考えることが大事

――――――ロボットの稼働には電気が欠かせません。気候変動という社会課題に直面する中で、古田さんは「電気のあり方」をどのように考えていますか?

技術者の立場から話すと、日本が脱炭素社会を実現するためのカギとなるのは、やはりCO2を排出しない原子力発電だと考えています。環境負荷の低い電気自動車を導入しても、電力を火力発電でまかなうのでは意味がありません。東日本大震災以降、原子力反対を強く訴える声が出ていますが、僕が皆さんに伝えたいのは「事実に目を向けましょう」ということ。カーボンニュートラルを目指す観点からも、電力の安定供給という観点からも、現実的な代替エネルギーの案は今のところないわけです。イメージで語るのではなく、まずは事実を知る。そして様々な発電方法のメリット・デメリットも含め、本当に正しい情報を元にみんなで考えましょう。電力会社任せではいけないと思うんです。なぜなら電気は僕たちの生活に欠かせない大事なものですから。

 

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古田さんは正しい情報をもとに、みんなが電気について考えるべきと話す

 

高齢化社会におけるロボットの可能性

――――――近い将来、ロボットにはどのような可能性があると考えていますか?

日本で高齢化が進む今、高齢者が増えても回っていく社会モデルを構築する必要があります。そこで役に立つのが、我々のロボット技術です。ここ数年、高齢者の運転による交通事故のニュースを目にすることが多くなりました。一方で、車の免許を返納してから家に閉じこもってしまう方も増えていると耳にします。そこで、どんな人でも自由に動き回れるパーソナルモビリティ「CanguRo(カングーロ)」を開発しました。人工知能とロボット技術を融合し、「乗りもの自体の知能化」を実現させたものです。

 

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fuRo とプロダクトデザイナーの山中俊治氏が開発したパーソナルモビリティ「CanguRo(カングーロ)」。運転中は人馬一体ならぬ、“人機一体”の感覚が味わえるそう

 

CanguRoには2つのモードがあり、移動したいときには「ライドモード」を選んでバイクのようにサドルにまたがって搭乗し、ハンドルでスピードを操作します。また、搭乗者の体の傾きを検知して旋回できるため、直感的な運転が可能です。「ロイドモード(ロボット)」では、自動カートのように主人の後ろを追従し、買い物などをサポートします。離れた場所にいるときは、スマホやPCから呼び出せば自動操縦で迎えに来てくれます。

イメージとしてはかつての「馬」。CanguRoはただの移動手段ではなく、人のパートナーであり相棒のような存在です。これから先の未来、ロボットはもっと人の社会に溶け込み、人の心に寄り添うような存在になっていくと思います。

 

――――――ロボットというと「メカ」のような無機質なイメージがありましたが、変化しているのですね。

ロボット技術が高度になれば、人に優しさを提供できるんです。例えば、昔の車にはアクセル、ブレーキ、クラッチなどのスイッチやレバーがあり、一つひとつ操作を覚える必要がありました。そこから技術が進歩して、自動操縦ができるようになりました。もっと進歩したら、人が「◯◯に行きたい」と言うだけで連れて行ってくれるようになりますよ。そこまで達すれば、誰もが「運転」を意識することなく、どこにでも行けるようになります。

 

子どもたちにもテクノロジーをもっと身近に感じてほしい

――――――今後、日本のロボット分野が発展していくためには、どのようなことが大切ですか?

ロボット技術の発展に欠かせないのは「人」です。そのためには、未来の大人である子どもたちがロボットに興味を持つこと、これが第一歩です。そして、ロボットはアニメや漫画の世界の話ではなく、身近なものということを感じてほしいです。僕は子どもが好きなのもあって、ボランティアで小中学生向けのロボット講座にも携わり、そういった自分の想いを伝えています。彼らと話していて気づいたのが、「自分は文系だから」と言って、理系の子しかロボット開発を目指さない風潮があること。これは大きな勘違いです。昔は理系と文系の分け隔てなんてなかったわけですから。理系の子だけではなく、文学が好きな子や音楽が好きな子、いろいろな子どもたちがロボット技術に目を向けることが、新たなロボット誕生のきっかけになるかもしれません。

 

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子どもが好きだと話す古田さん。インタビュー中も2人の娘さんや講座に参加する子どもたちの話になると、笑みがこぼれた

 

――――――最後に、古田さんの今後の展望を教えてください。

僕は定年まであと9年なので、たくさんのロボットはつくれないでしょう。だからこそ、今までいろいろな研究者が挑戦しては失敗してきた、人間型ロボットに精力を注ぎたいです。もちろん僕が目指すのは、ただのメカではなく、人の生活の役に立つロボットです。今の技術を持ってすれば、実現も夢ではないと考えています。

 


古田 貴之

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ふるた たかゆき。1996年、青山学院大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程中退後、同大学理工学部機械工学科助手に就任。2000年に博士(工学)取得。 同年、(独)科学技術振興機構のロボット開発グループリーダーとして、ヒューマノイドロボットの開発に従事。2003年6月に千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター・fuRo設立とともに所長に就任。東京電力・福島第一原子力発電所の原子炉建屋内調査における災害対応ロボットの開発・提供、次世代モビリティやロボット掃除機などを開発する。ロボットをテーマとする映画やドラマの監修・脚本なども手掛けている。主な著書に『不可能は、可能になる』(PHP研究所)。

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター・fuRoホームページ: https://www.furo.org/index.html


企画・編集=Concent 編集委員会


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人気お天気キャスターの蓬莱大介さんが伝えたい気候変動とエネルギーの未来

2024.02.26

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気象予報士・防災士 蓬莱大介さん

数々の情報番組で気象キャスターを務める、気象予報士・防災士の蓬莱大介さん。気象予報のわかりやすさはもちろん、親しみやすい語り口と番組司会者との掛け合いで幅広い世代の人気を集めています。気象と常に接し、“伝え方”を追求し続けている蓬莱さんに、これまでの歩みや温暖化による気候変動、日本のエネルギーについてお話を聞きました。

 

コンセプトは「とりあえずやってみる」

――――――まずは気象予報士を志したきっかけを教えてください。

昔から「人前に出て何かを伝える仕事がしたい」と思っていたのですが、10代の頃は自分に何ができるのかもわからず模索していました。高校ではバンドを組み、大学では自ら劇団に応募して俳優にも挑戦しました。興味があることを「とりあえずやってみる」、これが僕の人生のコンセプトなんです。

大学卒業後も就職はせず俳優業を続けていましたが、成功するのは一握りという厳しい世界でうまくはいきませんでした。父親と「30歳までに一人前の仕事に就く」という約束をしていたこともあり、20代半ばを過ぎた頃に他の道を探すことにしました。

そこで僕が出向いたのは本屋。本屋はたくさんの言葉が溢れている場所なので、何かしらのヒントがあると考えたんです。3日間通いつめた結果、資格コーナーの書棚で目に付いたのが「気象予報士」でした。見つけた時、小さい頃は自然や生き物にすごく興味があったことを思い出しました。そして、学校の先生に「蓬莱くんは勉強は苦手だけど、生き物のことをみんなに伝えることは上手だね」と褒められた記憶がよみがえったんです。「もしかしたら自分に向いているかもしれない」と一念発起。そこから2年間猛勉強しました。そして2009年の27歳の時に、念願が叶い気象予報士試験に合格しました。勉強をする中で、天気予報をすることは人の命に関わる仕事だと強く感じ、気象予報士とほぼ同時に防災士の資格も取得しました。

 

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天気を「解説」するのではなく「話す」

――――――気象予報士・気象キャスターのお仕事内容とその魅力を教えてください。

気象予報士は皆、気象庁が発表する天気図や観測データをもとに気象を予測します。「それなら、天気予報はどれも同じじゃない?」と思わるかもしれませんが、気象予報士によって詳細な予報や話す内容は微妙に異なります。例えば、同じ材料を使ったとしても、料理人が変われば味も変わってきますよね?予報が伝わりやすいか伝わりにくいか、料理で言うと食べやすいか食べにくいか。“味付け”の部分が気象予報士によって変わってきます。そこは僕自身も面白いと感じますし、テレビの前の皆さんにも注目してほしいポイントですね。

 

――――――天気予報を伝えるうえで大切にされていることは何でしょうか?

天気を「解説する」よりも、天気を「話す」ことを意識しています。単に「明日は寒いでしょう」「今日は晴れます」と伝えるのではなく、「明日の朝は冷えるので、受験生の方はカイロを持っていったほうがいいですよ」、「明日は晴れるので、洗濯物は安心して外干ししてください。明後日は雨が降りそうなので、明日のうちに片付けておきましょう」というように。見てくれている方々を意識し、生活や行動に結びつけて天気を話す――。これは読売テレビで気象キャスターの仕事を始めた2011年から、今も追求し続けています。

 

――――――蓬莱さんといえばイラストで天気を伝える「スケッチ予報」も人気です。始めたきっかけを教えてください。

僕が子どもの頃、天気予報をちゃんと見たことがありませんでした。しかし、昔に比べて気候はどんどん変わり、夏の暑さは酷く、雨の降り方も激しくなっています。子どもたちが安全に過ごすためにも、天気予報に興味を持ってほしいと考えて始めたのが「スケッチ予報」です。目指しているのは、「おじいちゃん、明日は大雨だから田んぼの用水路を見に行ったら危ないらしいよ」と、子どもから大人に伝えられるくらいのわかりやすさ。子どもの興味を引きそうな小ネタを散りばめるなど、イラストも試行錯誤しています。

天気予報を伝える僕のありたい姿は、大人にとっても子どもにとっても「身近で信頼できる人」。しっかりと信頼関係が築けていれば、災害が予測される “いざ”という時、危機を伝える僕の声は皆さんに届きやすくなるはずです。そのためにも、日頃の天気予報を通じてコミュニケーションを取ることはとても大切だと考えています。

 

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『かんさい情報ネットten.』の本番前に、クレヨンでスケッチ予報のイラストを描く蓬莱さん

 

気候変動に人々の対応が追い付いていない

――――――集中豪雨や台風の襲来など、最近は気象災害による危険が高まっていると感じます。今、地球では何が起こっているのでしょうか。

豪雨や強い台風の発生は昔からありましたが、昨今はその確率が高まっています。原因のひとつとされるのは、地球の温暖化です。近代気象観測において、地球全体の気温は産業革命前よりも明らかに上昇しています。これが意味する所は、人類の活動が気候に影響を及ぼしているということです。

18世紀後半の産業革命以降、石油、石炭、天然ガスを利用した化石燃料を使うことで、私たちの生活はとても便利になりました。一方で、化石燃料を燃やす際に発生する温室効果ガスが大気中に一気に増加しました。この温室効果ガスが地球を覆い、地球の熱を閉じ込めてしまうため、気温がぐんぐん上がり温暖化となっているのです。

今問題なのは、産業革命から現在に至る約170年という短い期間の中で、急激に気温が上がり気候変動が起こっていることです。その結果、海面上昇によってもともと人が住んでいた島が消滅してしまったり、雨の降り方が変わって川の氾濫が起きやすくなったり、猛暑が続き熱中症で亡くなる方も増えています。自然の変化に対する我々人間の対応が追い付いていません。生き物が大量に絶滅するなど、生態系への影響も危惧されています。

 

日本のエネルギー事情を理解することが大切

――――――2023年に第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)が開催されましたが、どんな点に注目されていましたか?

僕がまず注目したのは、COP28で初めて実施された、パリ協定で定めた目標に対する進捗を報告・評価する「グローバル・ストックテイク(GST)」です。これにより、各国の地球温暖化への向き合い方が透明化されるようになりました。今回の評価を受けて、日本を含め各国が今後どう対策を強化していくのか、これからの動きにもとても関心があります。

また、COPの開催にあわせて発信される、温室効果ガスの排出を減らす最新技術についてのニュースにも注目していました。例えば、日本発のペロブスカイト太陽電池。薄くて曲げることもできるため、建物の屋根だけではなく外壁などにも貼り付けて発電できるそうです。その他、電気自動車を数分で充電できる技術、工場から出た温室効果ガスを回収して地中に貯蔵するCCSなど、こうした技術が広まれば社会は変わっていきそうですよね。ペロブスカイト太陽電池をはじめ、“日本の技術力”という面でも非常に期待しています。地球の環境を守りながら、同時に文明を発展させていく時代に入ったのだと、僕は感じています。

 

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――――――日本は2050年にカーボンニュートラルの実現を目指しています。そのためには、今後どのような取り組みが重要になってきますか?

まずは温室効果ガスの排出量が多い、発電、産業、運輸といった業界が今以上に対策を講じることが必要でしょう。加えて、私たちの家庭から排出される温室効果ガスを減らす取り組みも欠かせません。電気をこまめに消すことはエネルギーの無駄を防ぐことにつながりますし、ゴミを減らすことはゴミの焼却炉の稼働を減らすことにつながります。環境に配慮した商品やサービスを選んで購入することでも良いでしょう。日々の生活の中でできることはたくさんあります。「やらなくちゃいけない」ではなく、「やりたいからやっている」というポジティブな感覚が大切だと思います。

一人の行動による影響はたかが知れていると考える人もいるでしょう。しかし、一人の行動は周りの人や次の世代にも必ず伝わっていきます。小さな波が何十年後かの大きな波となって、将来的に社会に大きな影響を及ぼすかもしれません。今はちょうどその過渡期ではないでしょうか。

 

――――――COP28では、化石燃料の取扱いや再生可能エネルギー、原子力発電などのテーマも、盛んに議論されました。日本のエネルギーについては、どのようにお考えですか?

2021年のデータでは、日本が自国でつくったり確保したりできるエネルギーは13.3%しかなく、8割以上を海外から輸入する石炭や石油、天然ガスに頼っているという状況です。そのため、外国で戦争などが起きた際に石油の価格が上がると、ダイレクトに影響を受けてしまう。エネルギー自給率を上げるうえでも、地球環境を考慮するうえでも、温室効果ガスを排出しないエネルギーを増やしていくことは必須だと考えています。

 

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太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーに対する期待が高まる(ikedaphotos / PIXTA)

 

しかし、雨や雪、強風などの天候の状況によっては、たちまちエネルギーがつくれなくなってしまうため、すべてを再生可能エネルギーに頼ることはできません。また原子力については、事故時のリスクもしっかりと考慮しながら、何よりも安全性の確保が大前提だと考えています。

火力、再生可能エネルギー、原子力には、それぞれメリット・デメリットがあるため、国としては、エネルギー源ごとのメリットが最大限に発揮され、デメリットが補完されるよう、「エネルギーミックス」を進めています。電力の安定供給と脱炭素を両立させていくには、この「エネルギーミックス」がとても有効だと思います。

 

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エネルギーの安定供給と脱炭素の両立にむけ、バランスの良い電源構成を目指す(出典:経済産業省資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」の2021年確報値、2030 年度におけるエネルギー需給の見通しを踏まえた電源構成は、資源エネルギー庁のHPより)

 

僕は講演会で各地に伺い皆さんとお話することも多いのですが、日本のエネルギーに関する情報はあまり浸透していない印象を受けています。まずは日本が置かれている状況やエネルギーミックスという考え方を知り、エネルギーのあり方をみんなで考えていくべきではないでしょうか。

 

「サイエンスコミュニケーター」として情報を伝えていく

――――――最後に、蓬莱さんの今後の展望について教えてください。

2023年は、世界そして日本の平均気温が、観測史上最高を記録しました。昔に比べて気候は明らかに変わり、豪雨や夏の猛暑によって命を落とす方も増えています。先ほどお話した通り、気候変動はこれまで人々が温室効果ガスを排出してきたことに起因していて、急に収まることはありません。そしてこの先の数十年は、さらに気候の変化が激しくなると想定されています。自然災害によって身近に迫る危機を、皆さんにどのように伝え、備えを促すことができるか、それが気象予報士の僕に課された役割だと思っています。また防災士としての観点から、危機が迫ってからではなく、平時の備えの大切さもしっかり伝えていきたいです。

これからも気象と防災に精通する「サイエンスコミュニケーター」として、その時の状況に応じてテレビの前の皆さんにわかりやすく情報をお届けしていきます。ぜひ興味を持って見ていただけるとうれしいです。
 


蓬莱 大介

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ほうらい だいすけ。兵庫県明石市出身。早稲田大学政治経済学部卒業。2009年第32回気象予報士試験に合格。2010年より当時読売テレビで気象キャスターをしていた小谷純久氏に師事し、2011年より読売テレビ気象キャスターに就任。担当番組は「情報ライブ ミヤネ屋」「かんさい情報ネットten.」「ウェークアップ!」「そこまで言って委員会」など。全国の講演活動も積極的に行う。著書「空がおしえてくれること」(幻冬舎)、「そらのどうぶつえん」(コミニケ出版)、読売新聞コラム「空を見上げて」など。

オフィシャルサイト: http://hourais-office.co.jp/


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芸能×建築 二刀流で活躍する田中道子さんが考える「循環型社会」とは?

2023.11.20

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俳優・田中道子さん

建築を学んでいた大学時代に「2011ミス・ユニバース・ジャパン」に出場し3位を受賞。卒業後は幼いころからの憧れだった芸能界へ進み、数々のドラマやバラエティに出演するなど、華々しいキャリアを積んでいる田中道子さん。2022年には、超難関と言われる一級建築士試験にストレート合格したことでも話題を呼びました。現在、芸能と建築の二刀流で活躍する田中道子さんに、これまでの歩みや仕事観、エネルギーへの思いなどについて聞きました。

 

大学では建築を学び、親の反対を押し切って芸能界へ

―――――― まずは芸能界を志したきっかけから教えてください。

子供の頃は、親から「本の虫」と言われるぐらい、ずっと家で読書をしているような内気なタイプでした。でも実は、女の子がお姫様になりたいのと同じように、華やかなモデルの世界に遠い憧れを持っていて…。その後、大学生になると友人の後押しもあってミスコンに出るようになり、「2011ミス・ユニバース・ジャパン」で3位を受賞させていただきました。そのとき初めて人前に立ってスピーチをするという経験をして、シンプルに楽しいと感じました。同時に、自分の考えを主張できる場があることってすごくありがたい、そういう機会を大事にしたいなと思ったのが、芸能界に興味を持ったきっかけです。

 

―――――― 大学では建築を学ばれていたということですが、芸能の道に進むことに葛藤はありませんでしたか?

ゲーム『ファイナルファンタジー』の世界観が大好きで、主人公たちが旅する街をつくってみたくて、大学では都市デザインやランドスケープを専攻していました。そして、卒業後には二級建築士の資格も取得しました。

芸能の道は、小さい頃からの夢でしたが、迷いはありましたね。ちょうどその頃、東日本大震災があって、学んできた建築を通じて人の役に立ちたいという思いもありましたし、「せっかく二級建築士の資格を取ったのに、その努力を無駄にするの?」と両親の猛反対もありました。でも私はこれまでやってきたことを無駄にするつもりは全くなくて、いつか建築の仕事も絶対にやりたいと胸に秘めていました。私は欲張りなので、どちらも諦めることができなかったんです。どちらも叶えるなら、若さがある今始めるべきなのは芸能のお仕事だと思って、父には黙って家出同然で上京しました。ありがたいことにメディアに出させていただく機会が増えたこともあり、今では両親ともにすごく応援してくれています。

 

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俳優業のかたわら猛勉強し一級建築士試験にストレート合格!

―――――― 2022 年に一級建築士試験に合格したことが大きな話題になりました。一級建築士を目指した理由について教えてください。

私はもともと、都市をデザインしたいと思って建築を学び始めましたが、そのためには一級建築士の資格が必要でした。大学卒業後は芸能の道に進みましたが、コロナ禍で俳優としての仕事が一気にストップしてしまい、在宅の日々が続きました。自分のことをゆっくり見つめ直す時間にもなり、「建築を通じて人の役に立ちたい」という思いが再び胸に湧いてきたんです。ちょうどその頃、一級建築士試験の受験資格が緩和されたという良いタイミングだったこともあり、一級建築士を目指すことにしました。

 

―――――― ここ数年の合格率は10%前後という難関資格ですが、目指すことを決めてから合格までにどれくらいの期間を要したのでしょうか?また、忙しい俳優業との合間を縫ってどのように勉強されたのでしょうか?

勉強に費やした期間は1年3ヶ月です。一級建築士試験を受験する人は実務経験がある人がほとんどだったので、最初から遅れをとってのスタートでした。朝起きたらまず、スマホで勉強用のアプリ開いて、トイレや歯磨きの間もひたすら問題を解く。舞台の期間中は、まとまった勉強時間が確保できないので、ロケの移動中などのすき間時間を見つけてはずっと勉強していました。「1分しかなくても10回やれば10分になる!」という精神です。でも睡眠時間はしっかり確保し、健康第一も心掛けました。

また、事務所に相談してスケジュールを調整してもらったり、資格学校にお世話になったり、とにかく受けられるサポートは全て受けました。周りの支えがなかったら合格することはできなかったと思います。
 

―――――― 一級建築士を目指す中で、どんなことが大変でしたか?

趣味の時間や一息つく時間が全く取れなかったのが大変でした。自分が決めて自分で始めたことですし、文句があるわけでもないのに、家で一人になるとシクシク泣いてしまうこともありました。

ただ、やっぱり興味のある分野だから辛くても楽しかったんですよね。新しい知識が入るたびに、世界が広がっていくような、ちょっとずつ新しい自分に生まれ変わっていく感覚がありました。


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建築業界の魅力を広く伝えていきたい

―――――― 一級建築士試験に合格されてから、芸能活動に変化はありましたか?

魅力ある建築物に出合えるロケや解体現場に行くお仕事もやらせていただくなど、ありがたいことにお仕事の幅がぐんと広がりました。また、建築業界の方と接する機会も増えて、芸能の仕事をしながら建築の知識も深まっています。「芸能界で一級建築士試験に合格しても、宝の持ち腐れじゃない?」なんて言われることもありましたが、こんなに相乗効果があっていいのかなって不安になるくらい!私が感じている建築の魅力をもっと知っていただくために、メディアを通して建築業界と皆さんの橋渡しをする存在になれたらいいなと思っています。

 

―――――― 現在は建築士としても活動をされているのですか?

試験に合格しても2年分の実務経験を積まなければ一級建築士として登録ができないので、今は芸能の仕事と折り合いをつけながら、設計事務所に籍を置いて働かせていただいています。試験が終わってからもまだまだ勉強の日々です。俳優業と建築業のオンオフを切り替えて頭がパンクしそうになりながらも、一つひとつの業務と向き合っています。

 

―――――― 進路に迷ったとき「どちらも諦めたくない」と胸に秘めていたことが、まさに今、実現しているのですね。

そうですね。私は、やりたいと思ったことは、諦めなくていいと思うんです。本気でやりたいことがあるのなら、それを2本3本と柱みたいに増やしていってもいい。いろいろな人がたくさん挑戦をして、ちょっとずつでも両立できるような社会になっていったらいいですよね。

 

芸能×建築 仕事を通じて知った「循環型社会」への取り組み

―――――― 建築物とエネルギーとの関係を考えることはありますか?

最近はテレビのお仕事で解体の現場に行くことが多いのですが、そこでリサイクルの取り組みや研究がすごく進んでいることを知りました。

例えば、普及が進んでいる太陽光パネルの耐用年数は20年ほど。そのため、現在使われている太陽光パネルは数年から十数年後に廃棄されるわけですが、これまでは、パネルのうち発電するために必要な「セル」という部品と、ガラス部分をきれいに分別するのが難しかったそうなんです。私がロケでお伺いした企業では、高圧の水を噴射するという工法を用い、ガラスを粉砕することなくセルを剥離することでガラスをリサイクルし、パネルの廃棄量を減らすという取り組みを進めていました。

太陽光パネルが今後大量に廃棄されることや、それに向けてリサイクルの研究が進められていることって、あまり話題に上る機会もないので、知らない方も多いと思います。私は、建築の勉強や、解体現場での視察をきっかけにそれを知ることができたので、まずは皆さんが少しでも興味を持ってもらえるよう、発信することでお手伝いできたらと考えています。

 

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―――――― 最近気になっているトピックを教えてください。

先日お仕事で「東京ポートシティ竹芝オフィスタワー」というビルに行ったのですが、そこにとても広いスキップテラス(段々状のテラス)があってとてもびっくりしました!たくさんの木々が植えられていて、お米をつくっていたり、鳥が住めるようになっていたり、蜂の巣箱があったりと、ビルでありながら水田や森のような役割をしているんです。スポット的に緑を増やすことで、そこを拠点とする鳥や虫たちが移動して、いろいろな生物が共存できる環境が都心部に生まれています。

 

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東京ポートシティ竹芝オフィスタワーのスキップテラス(素材提供:東急不動産)

今はちょうど高度経済成長期に建った建物が新しく生まれ変わっている時期です。渋谷にも木造の商業ビルができますし、  私が上京した10年前とは東京の印象がすごく変わってきています。すぐ近くに緑や木などの自然があるのが当たり前になると、これまでとは全く別の街の姿になりそうでなんだかワクワクしますよね。

 

好奇心に素直に従って生きていきたい

―――――― 今後の展望について教えてください。

芸能界に入ったとき、マネージャーさんから3年後、5年後のビジョンを明確に設定しなさいと言われたのですが、私は自分の人生を野放しにしておきたいタイプ。実際、10年前には俳優をしながら一級建築士の試験に合格できるなんて夢にも思っていませんでした。

なので、もしかしたら今後、2足のわらじどころか3足4足と増えていく可能性もあるかもしれません(笑)。年齢のせいにして諦めることはしたくなくて、これからも好奇心に素直に従って生きていきたいですね。

 

―――――― 最後に、田中さんにとって電気とは?

以前、夜中に地震が起きて停電したとき、灯りがつくまで本当に心細かったんです。普段は当たり前のように使っているものですが、停電を経験してからは特に電気のありがたみを実感しています。

部屋の照明やスマホの充電、冷暖房など、現代人にとっての必需品と言われるものって、ほとんどが電気で動いていますよね。電気は、人にとっても建築にとっても、なくてはならないパートナーだと思っています。建築の現場では、必ずと言っていいほど「省エネ」の性能を求められます。その際に、必ず関わってくるのが電気であり、建築と同じくらい興味のある分野。これからも電気についての学びをもっと深めていきたいです。

 


田中 道子

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たなか みちこ。1989年8月24日生まれ、静岡県出身。2011年に「2011ミス・ユニバース・ジャパン」に出場し3位受賞。静岡文化芸術大学卒業後、2013年2級建築士に合格。同年「ミス・ワールド 2013」日本代表に選出、「ミス・ワールド 2013世界大会(インドネシア)」でベスト30に入賞。2016年『ドクターX~外科医・大門未知子~』にレギュラー出演し、俳優デビュー。2018年NHK大河ドラマ『西郷どん』、2022年テレビ朝日ドラマ『六本木クラス』など話題作に多数出演。2022年末に一級建築士試験に合格。2023年からはNHK『解体キングダム』にレギュラー出演するほか、BSテレビ東京『築き人』でMCを務めるなど、活躍の幅を広げている。

オフィシャルサイト: https://www.oscarpro.co.jp/talent/michiko_tanaka/


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踊って科学を伝えるサイエンスエンターテイナー。五十嵐美樹さんは電気の作り手に思いを馳せる

2023.08.30

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サイエンスエンターテイナーの五十嵐美樹さん

全国各地で科学実験教室やサイエンスショーを開催するとともに、大学での講義や学術研究も行う五十嵐美樹さん。2021年には環境省の浮体式洋上風力発電広報アンバサダーを務めるなど、電気をテーマにした活動に取り組むことも多い彼女に、ご自身の歩みとこれから、そして電気への想いなどをうかがいました。

 

虹の実験における感動がその後の人生を変えた

――――――まずは科学に興味を持ったきっかけを教えてください。

もともと理科が得意なわけではなかったのですが、中学生の時に虹の実験があり、そこで興味をもったのがきっかけです。

実験内容は、プリズム(ガラスなどの透明な多面体で、光を分散・屈折・全反射等させるもの)に白色光を通すと色ごとに分かれるという現象でした。それ自体はふむふむという感じだったのですが、これが虹の原理だと教えてもらったことで、不思議な現象が解明されたことに感動しました。同時に「科学って面白い!」と思い、勉強にものめり込んでいきました。

 

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――――――そしてサイエンスエンターテイナーになっていったのですね。

大学生の時に、理系の知識と特技披露で競う「ミス理系コンテスト」でグランプリを受賞することができました。そしてこの経験を社会に役立てたいと思って行動し始めたのが、子どもたちに科学の魅力を楽しく伝える仕事です。

ただ、卒業後は企業への就職が決まっていたので、休日を使って科学実験教室を開催する活動から始めました。その後、サイエンスエンターテイナーとして独立。でも最初は、実験をしても科学に関心がある子以外には、なかなか興味を持ってもらえなくて。その中で工夫したことが、もうひとつの特技だったダンスです。

これは小学校の時に通っていた学童教室で、ダンスの先生に教わったのがきっかけ。中学、高校もダンス部で活動していました。いつか大好きな科学とダンスを両方仕事にできたらいいなと思っていたので、願ったり叶ったりでしたね。


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サイエンスショー開催時の様子

――――――では、バターダンス(生クリームを振ってバターを作る実験)もそこから生まれたんですね。

はい(笑)。ただ、激しい踊りになった理由のひとつは、そうしないと時間がかかってしまうからです。普通に振っただけでは10分ほどかかるので、お客さんが飽きないように1分半ぐらいで作りたいなと。そこで、オーバーアクション気味なダンスになったというわけです。

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バターダンスは公式YouTube「ミキラボ・キッズ」でも視聴できる

このパフォーマンスは子どもたちへのウケもよく、BGMをかけると一緒に踊ってくれるようにもなって。今ではサイエンスショーの見どころのひとつとなっていますね。

 

――――――サイエンスエンターテイナーとしては、ほかにどんな活動をしていますか?

サイエンスショーは全国の商業施設やお祭りなど、あらゆる場所で披露させていただいています。ほかには、NHK Eテレの高校講座「化学基礎」に出演したり、記事やコラムを書いたりというメディアでの発信活動もありますね。

加えて、大学での講義や研究も行っています。昨年からは東京都市大学人間科学部の特任准教授となり、研究室を持ってゼミ生と一緒に研究したり、週に5コマほど各100分の授業を開講したりしています。

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地球温暖化などをテーマにした講演の様子

 

浮体式洋上風力発電のある地域を訪れて

――――――浮体式洋上風力発電広報アンバサダーの活動についても教えてください。

メインの活動は、身近なものでできる浮体式洋上風力発電装置を子どもたちと一緒に作り、風力発電の仕組みや浮く仕組みを伝えていくワークショップを開発して実践することです。場所は奥尻島や伊豆大島など、現在も浮体式洋上風力発電導入に向けた検討・調査が行われている地域を中心に行いました。

どの地域でも地元の皆さんに温かく迎えていただき、すごく嬉しかったですね。この時の浮体式洋上風力発電装置は100円ショップのPP(ポリプロピレン)シートとモーターなどで作れるものなのですが、子どもたちの反応をもとに今後も改良を重ねていきたいと考えています。
 

――――――アンバサダーの経験も踏まえ、今後、洋上風力発電を普及させていくためにはどんな課題があると思いますか?

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現地に伺う活動を通して、さまざまなステークホルダーの方とお話させていただきましたが、振り返って思うのは各地域にお住まいの方も含めた皆さんが、コミュニケーションを取りながら進めて来られてきたということがとてもよく伝わってきました。

私も訪れた長崎の五島市では当初、浮体式洋上風力発電装置による漁業への影響に対する懸念があったそうですが、平成22年度より行われてきた実証事業によって浮体部分に付着した海藻を求めて小魚が住みつき、それを捕食する魚や甲殻類も集まるようになることで、新たな漁場が創出されるなど、漁業への追い風ともなり得るような影響が確認されたそうです。

また、浮体式洋上風力発電による電気を利用して魚をすり身に加工することで、商品をブランド化し販売や観光にも役立てていました。その背景には発電事業者と地域の皆さんとの積極的なコミュニケーションがあったということを教えていただき、こうした取り組みの大切さを実感しました。

 

科学の希望や電気の大切さを子どもたちに伝えたい

――――――浮体式洋上風力発電広報アンバサダーの活動についても教えてください。

やはり日本のエネルギー問題に関心があります。世界中で議論されている脱炭素も発電と密接な関係があります。電力事情は地理的状況に大きく左右されるため、国によって方針や取り組みもさまざまですが、日本の場合は、風が強い遠浅の海域が少ない島国であることを踏まえた前述の浮体式洋上風力発電が特徴的な取り組みの1つとして挙げられます。ほかにも水素などを用いた技術革新によって生み出される発電のテクノロジーにも注目しています。そういった科学技術がもつ可能性を伝えていくことで、次世代を担う子供たちの夢や希望を広げていくお手伝いを微力ながらしていきたいです。

――――――発電所に行かれることもありますよね。

はい。先日も、福島第一原子力発電所1号機の目の前まで行かせていただきました。後日映画『Fukushima 50』を改めて観たのですが、当時現場で尽力された方々の行動や思いが一層心に響き、涙しました。

電気を作る仕事は尊く、高い志がなければできないことだと思います。一方で、日常の中では電気はあって当たり前のことと思われている側面もあります。でも、決してそんなことはない。電気がある生活は、そこに携わる方々のおかげで成り立っているということも、子どもたちに伝えていきたいです。
 

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電気の作り方に魅了されている

――――――今後はどんな活動に力を入れていきたいですか?

昨年、ドイツのベルリンで開催された国際科学コミュニケーションイベントで世界の20人に選んでいただき、パフォーマンスをさせていただきました。サーモンピンク色の着物で出演したのですが、海外の方にも非常に喜んでいただきました。科学もダンスも世界共通言語なので、今後も積極的に海外との連携を図っていきたいと思っています。

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着物で出演した国際科学コミュニケーションイベントの様子

また、私が受け持つ東京都市大学の人間科学部は、保育士を目指す学生が多い学部です。講義では子どもにどう科学を伝えるかということも話すのですが、私の原点となった体験も踏まえ、子どもたちに科学に触れるきっかけを一緒に創れるよう、学び合いの姿勢を続けていきたいと思います。

――――――最後に、五十嵐さんにとって電気とは?

電気の作り方に魅了されています。サイエンスショーでは、コイルと磁石で電気を作る電磁誘導の装置を製作したりするのですが、ほかにも炭とアルミホイルからだったり、レモンに金属を刺したり、燃料電池を用いて水素から作ったり、いろいろありますよね。

子どもたちにはこうした簡単な装置を通じて電気の作り方に興味を持ってもらうのですが、もちろんこれでは多くの電力をまかなえません。でもだからこそ、安定して電気を供給する発電所のすごさがわかると思います。私も子どもたちへの伝え方をますます工夫するとともに、私自身も電気にまつわる知見も深めていきたいです。
 


五十嵐 美樹

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いがらし みき。東京大学大学院修士課程および東京大学科学技術インタープリター養成プログラム修了。2022年には東京都市大学人間科学部特任准教授に着任するとともに、「Falling Walls Science Breakthrough of the Year 2022」のサイエンスエンゲージメント部門で世界ベスト20人に選出。サイエンスエンターテイナーとして、科学実験教室やサイエンスショーを全国各地で開催している。また、NHK Eテレ「化学基礎」にレギュラー出演中。

公式HP: https://www.igarashimiki.com/


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気象予報士から防災士、東京大学大学院での研究とマルチに活躍。脱炭素キャスターの千種ゆり子さんが考える日本の電気

2023.07.28

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気象予報士としてキャスターのキャリアをスタートし、NHK青森を経てテレビ朝日「スーパーJチャンネル(土日)」や、TBS「THE TIME,」で活躍した千種ゆり子さん。近年は、防災士の知識を生かした講演会や、東京大学大学院で地球温暖化と世論についての研究を行うなど活動の幅を広げています。日本一脱炭素に詳しい女性キャスターとしても知られる彼女に、これまでの歩みや仕事観、電気との関わり方などについて聞きました。

 

京都議定書や被災経験が活動の原点

――――――まずは普段取り組まれている活動内容と、その魅力を教えてください。

現在は講演活動と大学院での研究が中心ですが、キャスターはテレビ番組で天気コーナーという作品をつくり上げ、視聴者の方々にわかりやすくお届けする仕事です。

限られた時間で、多数の方に向けて放送するメディアですから、どうしても大勢の皆さんに共通してあてはまる情報に限定されがちになるのがもどかしい部分ではありますが、映像と音で瞬時にニュースを届けられることが魅力ですね。

 

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母校での講演会の様子

一方、防災に関する講演は60分や90分といった比較的長い時間で、たくさんのお話ができる仕事です。参加される人数としては50人~100人規模のものが多いですが、その方々に合った情報をお伝えできることが魅力です。

加えて、講演は参加者の方々と直接やりとりできるのも特徴で、例えば最近では天気のアプリが非常に進化しており、スマホを使ってその画面を見ながら使い方をお伝えしたり、状況に合った情報の閲覧方法をレクチャーしたりすることができます。そういった活用方法をご存知でない方も多く、「ためになった」という声をよくいただきます。これはテレビにはない魅力であり、講演ならではのやりがいだと思います。

――――――気象予報士を志したきっかけを教えてください。

小学1年生の時に阪神・淡路大震災で被災した経験と、東日本大震災の影響が大きいです。東日本大震災の時は現地にいたわけではありませんが、自然災害の恐ろしさを改めて感じました。

それと同時に、地震はなかなか事前の予測が難しいのですが、気象予報士は天気を事前に予想することができます。その情報を伝えることで、自然災害による被害を少しでも減らしたいという思いから気象予報士を目指しました。


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――――――では、脱炭素キャスターになろうと思ったきっかけは?

1997年に採択された、京都議定書が最初のきっかけです。気候変動の国際的な対策を話し合う会議で、日本でも地球環境や温暖化の問題が話題になりました。

その1年後の私が小学4年生のとき、このことをわかりやすく解説したマンガを読んだことがあったんです。そこには、このままでは海面上昇によってツバルという国がなくなってしまうことが描かれており、大きなショックを受けました。

その後2013年に気象予報士資格を取得するのですが、当時は温暖化について懐疑論が話題になっている状況でした。それに対して、真実はどうなのだろう?と。自分で判断できる知識を持つために、まずは毎日の気温変化があるのはなぜかを知るために勉強を始めました。そこから脱炭素というテーマに広がっていったのです。

脱炭素キャスターを名乗った時は、気象予報士になってから9年ほど経っていました。その間SDGsなど気候変動をめぐる世論も大きく変わり、もっと自分にできることはないかとも考えました。そのころには防災に関する講演活動の機会をいただけていたので、気候変動に関する内容も発信していきたいと思い、また、自分の意思表明の意味も込めて脱炭素キャスターを名乗ろうと考えました。
 

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脱炭素における日本の課題と優位点

――――――脱炭素化を目指す上での課題はどのようなところにあると感じていますか?

日本における課題は、脱炭素に向けて、最近様々な取り組みを進める企業側の変化に対して消費者側が追い付いていないことです。2017年以降、TCFD(気候変動関連財務情報開示タスクフォース)に基づく情報の開示が世界中で進み、日本でも昨年東証プライム上場企業には開示が求められるなど整備が進みました。これによって企業側は大きく変わってきました。

一方で、消費者の意識や行動はまだ追いついていないといえるでしょう。この背景にあるひとつの壁は、コストの高さです。温暖化対策をしたほうがいいことはわかっていても、クライメート・フレンドリー(気候変動による平均気温上昇を防ぐ上で役立つこと)な製品は価格が高いため手が出せないという状況があり、この価格差を縮めることが解決の第一歩だと感じています。とはいえ、コストを下げることは簡単ではないとも思うのですが。

また、日本は温室効果ガスの大半を占めるCO2排出の4割は発電によるものですが、この部分はある程度目指すべき道筋が見えてきました。その点では発電以外が要因とされる残り6割のCO2の削減に、どう取り組んでいくのかが課題だといえるでしょう。たとえば運輸や産業部門(工場など)では電気使用以外にもさまざまな理由からCO2が排出されています。

発電についても「道筋が見えてきた」とはいえ、実際に計画通りにいくとは限りません。再エネであれ他の発電であれ、電源立地地域の皆さんとの共生が必要になります。太陽光や風力などの分散型電源が増えると、発電施設の数が増えることになるので、その分ステークホルダーが増えることになります。中には交渉が難航するケースも出てくる可能性があります。

 

――――――では世界における日本の取り組みの優位点を教えてください。

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技術でいえば、近年になって注目を集めているペロブスカイト太陽電池があります。これは日本の技術者が生み出した太陽電池で、従来の太陽光パネルに比べて圧倒的に薄くて軽く、フィルム状であるため設置場所に利点があります。量産化に関しては中国に後れを取っていますが、こうした革新的な技術力は日本ならではですね。

また、政府としては、日本は石炭火力発電に関して高効率な技術を持った国であるという評価をしています。そのため、実際に日本の高効率な石炭火力やアンモニア混焼の技術で海外と協力する動きもあります。
 

脱炭素キャスターから脱炭素コミュニケーターへ

――――――今までのお仕事や活動の中で印象に残っていることを教えてください。

気象予報士になってからですと、2015年の関東・東北豪雨がありました。鬼怒川の堤防が決壊して家屋が流される様子が映像に収められるなど、こちらも極めて視覚的なインパクトがありました。このように、身近な日本で大きな災害が起こるたび、自然への脅威とともに自らの原点を振り返ります。

――――――大学院での活動も教えてください。現在の研究内容は?

主題はやはり、気候変動についての研究です。具体的には気候変動に関する、リスクや機会を個人や社会がどのように受け取り、どのように意見形成し、表出していくかという文系寄りの研究ですね。

例えば、原子力発電や火力発電の是非、電気自動車への関心などエネルギー全般における各イシューの可視化。太陽光発電は暮らしのそばにあるものの、そこに対する世論や意見はまだ細かく調査されていない部分が多く、それらを明らかにしようという研究が対象のひとつです。

大学院を志した理由は、私が報道に携わる中、やはり受け手の方があってこその情報だと感じたからです。私が伝えた情報を、どう理解し行動につなげていただけるのだろうと、そこに興味が湧きました。そこで、受け手の方がどう思うのかを深く理解したいと考えました。

現在は修士2年。その先の博士課程で、より世論分析に取り組みたいですね。そして中長期的には、日本における気候変動コミュニケーションの研究に従事したいと考えるようになりました。

そのきっかけは、2023年5月に参加した国際コミュニケーション学会です。そこには各国から、ナショナリズムやフェミニズム、政治など各分野の研究者や学生さんが集まっており、環境部会に関してはほとんどが気候変動コミュニケーションの研究者だったんですね。

環境学会は欧米を中心とした学会ではあるのですが、そこにはたくさんの気候変動コミュニケーションの研究者がいました。日本でも、ゴミの分別など環境配慮行動全般に関する研究者は一定数いるのですが、気候変動に関するコミュニケーションのスペシャリストはいないのが現状です。

そのため、簡単ではありませんが、その分野に長けた人材になりたいというのが、現在の大きな目標です。
 

電気のふるさとに思いを馳せてほしい

――――――数々の活動から、今後どのようなことを発信していきたいとお考えですか?

私は気候変動をなんとかしたいと思っていますが、それはあくまでも個人の価値観であり、それを押し付けようとは思いません。ただ、人間の活動によって気候変動や地球温暖化が起きているのは事実であり、それをもし解決したいと思うならば、こういう道筋や方法がありますよ、と事実を伝えることを徹底していきたいと思っています。

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価値観ではなく事実を伝えるという考えは、大学院の指導教官の影響が大きいですね。あるとき教官から、「脱炭素には推進派がいる一方で反対派もおり、それ以外にもさまざまな主張がある。それらの声に、フラットな観点でしっかり耳を傾けることが大切」と指導いただいたことがあり、これは私にとって大きな気づきとなりました。

その上で、私が行っている気候変動に関した世論の分析や研究は、世論の事実を正確に把握したいという探求心があるからであり、そこから中立的な立場で事実を伝え続けていきたいと考えています。
 

――――――最後に、千種さんにとって電気とは?

なくてはならないものであり、だからこそ電気がつくられる場所、いわば電気のふるさとに思いを馳せる必要があると考えています。夏や冬に電力需給ひっ迫の話題がでますが、私は気象予報士という立場上、毎年の電力需給が大丈夫かどうかは常に気になっています。その上で考えるのは、電気のふるさとへの関心です。首都圏は人口の多さから電力消費量も多いですが、普段はふるさとが見えづらいですよね。ただ、電力需給ひっ迫となると、電気がどこでつくられているということを考える機会となります。

エネルギーを使うことは環境に何らかの影響を与えています。景観や生態系、地球環境への影響など、何かしら人間への跳ね返りはあるのです。全てを解決する万能なエネルギー源は現状では存在しないので、そのあたりを私たちがどのように考え、どのように民意を示すのか。電気のふるさとに思いを馳せながら、一人一人が考え続ける必要があると思います。
 


千種 ゆり子

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ちくさ ゆりこ。埼玉県富士見市出身。一橋大学法学部を卒業後、一般企業に就職。幼少期に阪神淡路大震災で被災したこと、東日本大震災をきっかけに防災の道に進むことを決意。2013年に気象予報士資格取得。キャスターやコメンテーターとして活躍するほか、2021年には東京大学大学院に入学し、気候変動コミュニケーションについて研究中。原案とプロデュースで携わった映画が2024年春完成予定。

公式HP: https://chikusayuriko.com/

インタビュー:Concent編集部


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電線愛好家・石山蓮華さんが見つめる電線と、その先に広がる世界

2023.03.16

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SNSで電線への愛を発信し、電線愛好家として注目を集める俳優・石山蓮華さん。小学生のころからテレビや雑誌での仕事をスタートし、現在は俳優業、文筆家として活躍するほか、2022年には日本電線工業会公認・電線アンバサダーに就任。彼女独自の目線で見つめる電線の魅力、そしてそこから見える社会への思いを聞きました。

 

好きなものに真っすぐ

――――――幼少期からお仕事をされていますが、どのようなきっかけで芸能界へ?

少女漫画雑誌のモデルオーディションに応募をしたのがきっかけです。好きな漫画家さんに会えたらいいなとか、華やかだなという気持ちで。その後、事務所に所属して、俳優業やテレビレポーターなどをしていました。自分の興味のあることに突き進んでいくところがあるので、当時は学校の集団生活に少し馴染めないなと感じていたのですが、仕事が自分にとっては助けになっていましたね。人と感覚が違うことが、仕事では逆におもしろいと思ってもらえて、現場の方たちに受け入れてもらえていました。当時は、学校はつまらない、仕事は楽しい、というおおまかな理解でしたが、今振り返ると、同じ人間でも環境によって心もちは変わるんだなと思います。

 

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――――――そこから俳優業に進まれたんですね。

事務所に入った時に、歌、ダンス、演技のレッスンがあったのですが、歌もダンスも本当にダメで。でもお芝居は、学校の教室ではできないような大胆なことを舞台の上でやると“おもしろい”になったりします。失敗も成功もあるんですけど、演技はすごくのびのびと楽しくて。それで俳優を始めさせてもらいました。

――――――なかでも舞台がお好きだそうですね。舞台のどんなところに魅力を感じていますか。

もともと観劇が好きなんです。舞台は、コミュニケーションの芸術だと思います。例えば、ご飯を食べながらお話しするという普段の行動も、生身の体で舞台上で再現されると、これまで何度も見てきた行為なはずなのに全然違ったように見えるんですよね。始まってから終わるまで、舞台の上だけのキュッとした世界に、時間も温度も空気も世界も感情も、わぁっと広がっているけれど、幕が閉じたらセットをばらして何も残らない。観客も演者も架空の世界に夢中になるのがおもしろいです。人の声や体を通してテキストが再生されることに、魔力があるんじゃないかなと思います。

――――――俳優業と並行して電線愛好家としても活動されていますが、電線も幼少期から好きだったとか。

小学校3年生のころ、東京・赤羽(商店街や飲み屋街があり、昭和の雰囲気を残す町)にあった自営業の父の会社へよく遊びに行っていたんです。昔からレトロな景色が好きで、周辺の住宅街もよく散歩していました。路地に立つ電柱を見ると体感的な近さも感覚的な近さもビビッドに出ていて。昼の電線ってなんとなく生き物っぽくて、すごくエネルギッシュだなぁと感じたんです。当時からうねうねしたものが好きで、血管とか、根っことか、蔦とかにつながるイメージもあって、そこからなんとなく好きになりました。

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――――――電線愛好家として活動するまでは、どのように電線愛を深めていったのでしょう。

大学卒業から数年後、当時のマネージャーさんに「なぜ電線が好きなの?」と聞かれたんですが、きちんと言語化して伝えられなかったんです。でも説明すれば伝わるはずだと思って、自分の中でしっくりくる言葉を探しました。そもそも電線の構造も知らなかったので本を買ったり取り寄せたりして書き写して勉強したり、電気設備の展示会で「趣味で電線が好きなんです」と言って、「何だこの人は」思われながらも自作の名刺を渡したり(笑)。そこで出会った方が工場見学をさせてくださったことも。その時々にできることもあれば、わからないこともあったり、伝わらなくて泣いたり…そうやって勉強していくのも楽しかったですし、その過程で少しだけ知識が広がってきたのかなと思います。

――――――「好き」の力ってすごいですね。

確かにそうだなと思います。好きなことを好きなようにやっていたんですけど、そこから本を出したり、インタビューを受ける機会をいただいたりしています。勉強というと大変そうですが、好きだから楽しくできたんですよね。毎日無料で見放題なのに、なんでみんな見ないんだろうって思います(笑)

 

電線のための電線になる

――――――電線のどこに魅力を感じていますか。

電線は地中化も進んでいますが、まだまだ電柱でつながったものを見ることができます。電線がどの家につながっているのかをたどったり、配線の途中でまとめられた電線もカオスに見えて実は丁寧にまとめられているとか、見ていると飽きません。全国どこに行っても見られますが、電力会社によって少しずつ工法が違うようで、地域ごとの特色にも気づいたりします。散歩に出て気になる電線があったら写真に撮ってみてください。角度を変えるとまた違った表情が楽しめますよ。

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石山さんがInstagramにて発信している写真のひとつ

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仕事場の劇場の電線もパシャリ。「#いい電線」で発信中

――――――ご自宅に触る用の電線もあるそうですね。

曲げたり、すべすべした被覆を触ったりするのも楽しいですし、切って剥いて、輝く導体を見るのも楽しい(笑)。硬さ、色、材質、銅の純度、配線の様、どれをとっても理由がないものがないんですよ。

――――――工場見学もされていますが、印象に残っていることはありますか。

高所作業車に乗せていただいた時、電柱の上で感じた風の強さが印象的でした。私はアマチュア目線で「わぁ、すごいですね!」って言うけれど、操縦してくださった電気工事士の方にとっては仕事であり、特別なことではないんですよね。技って身体に宿ると思うんです。私にとっては初めてで特別なことも、電線にかかわるお仕事をされる方は、当たり前になるまで突き詰めて、自分自身も作っているんだなということに気付いて。電線を作る人、扱う人、広める人、いろいろな人が仕事を通じて自らを電線とともにつくりあげ、つながっているのがこの社会なんだと実感しました。

――――――そうした石山さんが感じたことを、電線アンバサダーとしても発信されていますね。

電線にかかわるお仕事をされている方々が意識されていない魅力を、よりよく伝えられるようにと思って活動しています。電気関係のお仕事の方からSNSにコメントをいただいたり、トークショーに来ていただいたり、私の活動を楽しんでくださっている方がいることにとてもやりがいを感じます。
最近、“電線にとっての電線になりたい”と思っているんです。私自身が電線のおかげでたくさんの経験をし、世界の見方が変わっていきました。これは電線が“つなぐ”ものだから、次は私が電線アンバサダーというひとつのメディアになって、“電線の魅力を伝える電線”のような存在になっていけたらいいなと思っています。私が発信した言葉や写真で面白さに気づいてくださる方もいる。興味をもってくれた人が増えれば増えるほど、返って来る情報も増えます。私は電線を真下から見るのが好きなんですけど、全く違う目線で電柱の魅力を見つけてくれる方がいると思うので、楽しみです。

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――――――著書『電線の恋人』の中で、東日本大震災のあと電線を好きだと公言してよいのか葛藤した時期があると書かれていました。私たちはエネルギー問題とどのように向き合っていくべきだと思いますか?

東日本大震災以降、エネルギーや発電所の問題について活発に議論されるようになりました。被災して地元に帰れない方、懸命に電力会社で働く方などいろいろな立場の方がいます。それぞれ大切な生活があって、 “良く生きたい”という切実な思いがある。では何を変えていけるだろう、何を注視していくべきだろうと考えます。今、一定のルールのなかで原発再稼働が進んでいますが、そのルールはどうして決まったのか、このまま運用されるのかなど、流される情報をそのまま受け取るだけでなく、時に立ち止まって調べてみたり、関心を持ち続けることから逃げないというのが、私自身にまず出来ることなのかなと思っています。

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――――――私たちは電気を当たり前のように享受していますが、そこにかかわるいろいろな立場や問題を一人ひとり考える必要があるということですね。

すごく難しい問題ですよね。気になったら周りの人と話すのもいいのかなと思います。最近、友人たちとの会話がアイドルの推しの話から気になる社会問題、生活の話、生活には政治もかかわるよねと話が広がって、さまざまなことがシームレスにつながっているんだなと感じるようになりました。口に出して俎上に載せることで、お互いの違いや共通点に気付けることがあるのかなと思います。

――――――最後に、電線の恋人である石山さんにとって、電気とはなんでしょう?

お世話になっているもの。今日もここに来るまでに電車に乗ったり、スマホで地図を検索したり。今日が普通に過ごせていることがありがたいです。日常生活に溶け込んだインフラには、普段気づかないところで助けられているんだなと感じています。


石山蓮華

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いしやま・れんげ。俳優、文筆家、電線愛好家、日本電線工業会電線アンバサダー。舞台、映画、CMなどで活躍するほか、4月よりTBSラジオ「こねくと」パーソナリティーに。電線愛好家としては、テレビなどメディアに登場するほか、プロデュース・出演するオリジナルDVD『石山蓮華の電線礼讃』を発表、著書に『電線の恋人』(平凡社)、『犬もどき読書日記』(晶文社)。

Twitter @rengege
Instagram @renge_ge

CONCENTでも石山さんが電線案内!
「街中の頭上はこんなに面白い!電線愛好家・石山蓮華の“レア電線探し”」
https://www.concent-f.jp/energy/column_12

 

 

インタビュー:Concent編集部


★節電情報について知りたい方はこちら!


『無理のない省エネ節電』(経済産業省 資源エネルギー庁 省エネポータルサイト)

『省エネ・節電 お役立ち情報』(電気事業連合会特設サイト)

自動車ジャーナリスト今井優杏さんに聞く、日本の電気自動車の未来

2023.02.10

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YouTubeチャンネル「今井優杏の試乗しまSHOW!」をはじめさまざまなメディアで自動車の魅力を発信し、日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員も務める自動車ジャーナリストの今井優杏さん。現在の仕事を志したきっかけから仕事や自動車の魅力、そして昨今の電気自動車事情までお話をうかがいました。

 

自動車の魅力って?

――――――まずは、自動車ジャーナリストを志したきっかけを教えてください。

もともとはバイクが好きで、大学生の時にバイクの維持費を得るためにレースクイーンを始めました。その仕事で行ったフォーミュラ・ニッポン(現在のスーパーフォーミュラ)で四輪のレースを初めて生で見て、すごくかっこいい!と思って、四輪もどんどん好きになっていったんです。そして30歳くらいのころ、レースの知見を生かした仕事ができないかなと考えていた時に高名な自動車ジャーナリストの清水和夫さんに出会い、こういう道もあるんだ!と知り弟子入りを直談判しました。でも5年間以上は下積みでしたね。きちんと責任をもって記事を届けていくためには、たとえばエアバッグの袋の折り畳み方まで勉強しなければいけません。エンジンの燃焼や車の構造など、人生でいちばん勉強しました(笑)。そうして知識が増えていくなかで、仕事もだんだんいただけるようになりました。

 

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――――――自動車のどんなところに魅力を感じていますか?

正直、志した当初は市販車にすごく興味があったわけではありませんでした。でも勉強していくうちにどんどん好きになりましたね。自動車は、複合的な工業部品が合わさってひとつの動力になっているんですよね、“動く”こと自体がやっぱり素晴らしいことです。エンジンでいうと熱エネルギーを動力に変えることにロマンを感じて、グッときちゃったんですよ(笑)! そのロマンを表現するためにどういうテクノロジーや技術が使われているかということを深堀りしていくと…、自動車ジャーナリストは生半可な気持ちではできません。

――――――勉強していくうちに市販車の魅力にはまったということですが、なにか印象的な出来事があったのでしょうか。

弟子入りした2007年に、ドイツ・フランクフルトで2年に1度開催される世界最大のモーターショー「IAA(国際モーターショー)」を取材したんですが、その時に“市販車ってすごい”と、衝撃を受けました。その年のIAAは、まさに今の環境技術の息吹のようなものが生まれた年だったんです。従来は大きなエンジンをパワフルにするために使われていたターボから、エンジンの排気量を小さくして燃料消費を抑える一方、ターボで過給することでパワー不足を補う「ダウンサイジングターボ」という技術が生まれたり、バイオ燃料が生まれたり…そういう環境技術が各メーカーからこぞって展示されているのを見て、“この世界めちゃめちゃおもしろい!”と思ったんです。環境負荷を低減させるためにこれだけのメーカーがいっせいに動かなければいけない時代に入っていくというのを目の当たりにして、ギアが入りましたね。

 

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日本のEVの未来は?

――――――カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を実質ゼロにする)を目指し欧州では電気自動車の普及が進んでいますが、日本でも2035年から乗用車の新車販売をBEV(電気自動車)、HEV(ハイブリッド車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池自動車)のみとする方針が政府から発表されています。その方針についてのご意見を聞かせてください。

普及のためには政策、プロダクト、インフラ整備など総合的に進めていく必要があると思います。特にインフラ整備に関しては、日本は集合住宅が多いため、自宅充電の問題が普及に歯止めをかけている面があります。保有台数の増加に合わせて、確実に充電できるスポットを増やしていかなければいけないですよね。しかし一方で、車を走らせる電気が火力発電で作られていては、カーボンニュートラルにはなりません。原子力発電の比率が高い国だと政策はスムーズですし、9割が水力発電のノルウェーは自然エネルギーなのでEVも浸透やすかったようです。空港の駐車場ひとつひとつに充電ポートが付いているんですよ。でも、同じ北欧でも人口の少ないフィンランド最北のラップランド圏では、インフラ整備の難しさに加え低気温ということもあり、エリアによってディーゼル車しか現実的に難しいという状況もあります。こうした前例を含めて、全体的に議論しなければいけないと思います。

 

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でも、今、とても電気代が高いですよね。EVに乗ろうという政策があるのに、節電しなければいけないという現実がある。化石燃料は航空機に残しておかなければいけないので、モビリティ全体で考えて私たちの足が化石燃料以外で賄えるならそうしたほうがよいと個人的には考えています。今後エネルギーをどうシェアするのかということを、きちんと考えないといけない時期に来ているのではないでしょうか。

――――――プロダクトの開発自体は、日本の自動車メーカーでも進んでいるのでしょうか。

進んでいます。実際に商品も出てきていますしね。以前は電気自動車が「日産 リーフ」しかなかったので消費者のマインドも低く、そんななか海外からプレミアムセグメントのEVが先んじて入ってきてしまったので、価格的にも消費者は選びにくい状況になっていました。そういった意味で考えると、2022-23日本カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた「日産 サクラ」と「三菱 eKクロスEV」は大きな功績を遺す車になっていると思いますし、こんな値段で買えるんだという消費の起爆剤になっていくと思います。高級なものはより高級に、安価なものはより安価に、電気自動車が成熟してきている。日本では国産の電気自動車が出始めてまだ間もないですが、技術も作れば作るほど成熟していくので、まだまだ伸びしろがあります。

――――――伸びしろがある分、これからの商品開発に期待ができますね。電気自動車はガソリン車に比べてどう違い、なにが魅力なのでしょう。

これまで内燃機関しかなかったなかで、EVは加速感もテクノロジーも、運転フィールがエンジンで生み出されるものと全然違うので新しく感じますよね。そして、安全運転や運転の楽しさという点でもとても魅力的です。ガソリン車などの内燃機関は燃料を燃焼させてピストンを動かすことで動力にするという手間があります。一方、電気は瞬間的に伝達が行われるので、電気自動車にはきめ細やかかつ早い制御をプログラムに組み込みやすい。たとえば四輪駆動の横滑り防止機能や高度運転支援技術などは、電動化とすごく相性がいいんです。

 

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――――――インタビューを通じて今井さんは物事に対してとても前向きな取り組みや考え方をされていると感じました。今後の目標などありましたら教えてください。

わかりやすく伝えることをテーマにしながら、そのなかで少しだけ掘ったところにある魅力を伝えて、“あ、ちょっと楽しいかも!”と思ってもらえる発信を心がけています。それをきっかけに消費者が興味を持ってくれたら、自分の生活により合った自動車を選ぶことができるようになる。少しでも詳しくなって自動車を身近に感じてもらえる発信をこれからも続けていきたいと思っています。

――――――最後に、今井さんにとって電気とはなんでしょう。

まず思い浮かぶのは…機材の充電、とにかく充電(笑)。パソコン、カメラ…、ユーチューバーとしては、電源がないと何もできないんですよ。車に関することをアウトプットするのに必須です。コンセントが1か所あれば、ほっとします。


今井優杏

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いまい・ゆうき。自動車ジャーナリスト、モータースポーツMC。日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeや雑誌、ウェブメディアなどで情報を発信するほか、「おぎやはぎの愛車遍歴」(BS日テレ)のMCを務めている。

YouTubeチャンネル「今井優杏の試乗しまSHOW!」:https://www.youtube.com/channel/UCC0EDAN3QKCw5lP3ZjXFKTQ/

Instagram:https://www.instagram.com/yu_kiimai/

Facebook:https://www.facebook.com/yuukiimai.1210/

 

インタビュー:Concent編集部


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『無理のない省エネ節電』(経済産業省 資源エネルギー庁 省エネポータルサイト)

『省エネ・節電 お役立ち情報』(電気事業連合会特設サイト)