未来ロボット技術研究センター・fuRo所長 古田貴之さん
未来ロボット技術研究センター・fuRo(フューロ)の所長であり、ロボットクリエーターとして世界的に活躍する古田貴之さん。fuRoは学校法人千葉工業大学直轄のロボット研究開発施設で、「ロボット技術で未来の文化を創る」というミッションのもと、企業や国と連携しながら画期的なロボットやパーソナルモビリティを次々と開発しています。高齢化社会への対応などの面からも、ロボット技術への期待が一層高まる中、ロボット研究の第一人者である古田貴之さんに、これまでの歩みやエネルギーへの思いを聞きました。
ブロックやガラクタでひたすらロボットをつくっていた少年時代
――――――ロボットに興味を持ったきっかけを教えてください。
幼少期にアニメ『鉄腕アトム』を観たことがきっかけで、ロボットに興味を持ちました。当時、父親の仕事の関係でインドに住んでいたのですが、暑すぎて外で遊ぶことができず、家の中で過ごす時間が長かったんです。『鉄腕アトム』の天馬博士に憧れて、アニメを観てはブロックやガラクタでひたすらロボットの模型をつくって遊んでいました。
小学2年生の頃に帰国したのですが、協調性を重視する日本の学校にあまり馴染めず、僕の興味はさらにロボットに注がれました。その頃からJISの規格便覧を読んで設計図の書き方を勉強し、本格的なロボット製作にのめりこんでいきました。子どもがロボットをつくるといったら、プラモデルを思い浮かべる人も多いと思いますが、プラモデルはメーカーが思い描いたものしかつくれません。僕の場合は、木やプラスチック、アルミの板などを買いこんで、パーツはもちろん歯車に至るまで、すべてイチからつくるくらいこだわっていましたね。最終的な完成図を想像し、その製作プロセスを考えることが楽しかったんです。
――――――中学生の頃に転機となる出来事があったそうですね。
実は14歳の頃に難病を患い、余命宣告を受けるほど重篤でした。同じ病気の友人が亡くなっていくのを目の当たりにしたとき、「この世に何か残したい」という思いが芽生えたんです。自分にできることは何か?世の中で役立つものは何か?その考えの行きつく先は、僕の得意分野であるロボットでした。
学生時代に病気を患い、車椅子を使った経験が今につながると話す古田さん
当時、僕は病気の影響で歩くことができず、車椅子を使っていました。そのときに「若いのにかわいそう」「押しましょうか?」なんて言われるのが、とても嫌だったんです。車椅子は便利な乗り物ですが、僕にとってワクワクするものではなかった。だからこそ、車椅子を仕方なく乗るものではなく、「欲しいもの」「かっこいい乗りもの」にしたいと考えるようになりました。奇跡的に回復して今に至りますが、そのときの思いは現在の活動にもつながっています。障がいがあってもなくても、若者でも高齢者でも、みんなが乗りたくなるようなパーソナルモビリティを開発しています。
人の生活に寄り添うロボットをつくりたい
――――――これまで手掛けた研究・開発の中で、印象に残っているロボットを教えてください
僕が実現したいのは、人のできないことをロボット技術で補完して、みんなが活躍できるコンヴィヴィアルな社会(共生社会)。人の生活に近いところで技術を役立てようと開発したのが、電池とモーターで動くパーソナルモビリティ「ILY-A(アイリーエー)」です。座って移動したり、キックボードのように立ち乗りをしたり、カートのように荷物の運搬に使ったり、用途に合わせてトランスフォームしながら使うことができます。
fuRoと株式会社アイシンが共同で開発したパーソナルモビリティ「ILY-A(アイリーエー)」。「乗ってみたい」と思わせるデザイン性にもこだわっている
実は、ILY-Aはベビーカーから着想を得てつくりました。僕は二児の父親なのですが、子どもがベビーカーに乗るのを嫌がったとき、歩かせるか抱っこをして、ベビーカーには荷物を乗せて運ぶことが結構あったんです。そこで、自在に変形できる多用途のモビリティをつくりました。僕は研究者である以前に、父親であり主夫だと自負しています。仕事よりも子育てを優先する生活だったからこそ、人々のライフスタイルに近いところで技術を役立てたいという思いを強く持っています。
――――――主夫とロボット開発者という2軸を持つ古田さんだからこそ、生まれてくるものがあるのでしょうね。
何と言っても、僕の本業は主夫ですから(笑)。研究者の中には、技術をとことん追求するのが好きでも、実用化に落とし込むところには興味がない人も多いんです。僕の場合は人の生活そのものに関心があって、実際に、パナソニックさんと共同でロボット掃除機の開発を手掛けた事例もあります。世の中に便利家電は増えていますが、家事がもっとラクになったら喜んでくれる人は多いはず。主夫業に励みつつロボット開発者として、技術によってどこまで家事をサポートできるのかを常に考えています。
ロボット開発よりもロボットを使うための環境整備が難しい
――――――東日本大震災での原発事故後、福島第一原子力発電所で運用する調査ロボットの開発にも携わっていたそうですね。
東京電力と政府からの要請を受けて、放射線量が高く人が立ち入ることのできない原子炉建屋内を調査する、遠隔操作ロボットを開発しました。このロボットには、fuRoが災害救助ロボットの研究で培った技術が生かされています。
当時、僕が最も悩んだのは、現場のオペレーションにロボットをどう組み込むか。東京電力の社員が現場でロボットを使いこなす必要があり、それはロボットを開発するよりも難しいことでした。ロボットの操作・メンテナンスのマニュアルを作成するだけでなく、原子炉建屋の階段や廊下を模した実験場をつくり、我々の指導のもと東京電力の社員数名にもそこで訓練をしてもらいました。その後、訓練した社員が教官となり、現場で他の操作者を訓練することで導入を進めていきました。
災害対応移動ロボット「櫻壱號(サクライチゴウ)」。原子炉建屋など、人が入ることのできない危険な場所での調査を行う
身近にある技術のほとんどがそうですが、「技術的にできること」と「誰もが使えること」には大きな隔たりがあります。例えば、車という乗りものをつくるのは簡単ですが、安全性や交通事故の発生に配慮する必要があるため、車の規格や道路交通法が整備されています。新しい技術を大勢の人に使ってもらう場合、まずは環境整備から始めなくてはならないのです。
電気の正しい情報を知ってみんなで考えることが大事
――――――ロボットの稼働には電気が欠かせません。気候変動という社会課題に直面する中で、古田さんは「電気のあり方」をどのように考えていますか?
技術者の立場から話すと、日本が脱炭素社会を実現するためのカギとなるのは、やはりCO2を排出しない原子力発電だと考えています。環境負荷の低い電気自動車を導入しても、電力を火力発電でまかなうのでは意味がありません。東日本大震災以降、原子力反対を強く訴える声が出ていますが、僕が皆さんに伝えたいのは「事実に目を向けましょう」ということ。カーボンニュートラルを目指す観点からも、電力の安定供給という観点からも、現実的な代替エネルギーの案は今のところないわけです。イメージで語るのではなく、まずは事実を知る。そして様々な発電方法のメリット・デメリットも含め、本当に正しい情報を元にみんなで考えましょう。電力会社任せではいけないと思うんです。なぜなら電気は僕たちの生活に欠かせない大事なものですから。
古田さんは正しい情報をもとに、みんなが電気について考えるべきと話す
高齢化社会におけるロボットの可能性
――――――近い将来、ロボットにはどのような可能性があると考えていますか?
日本で高齢化が進む今、高齢者が増えても回っていく社会モデルを構築する必要があります。そこで役に立つのが、我々のロボット技術です。ここ数年、高齢者の運転による交通事故のニュースを目にすることが多くなりました。一方で、車の免許を返納してから家に閉じこもってしまう方も増えていると耳にします。そこで、どんな人でも自由に動き回れるパーソナルモビリティ「CanguRo(カングーロ)」を開発しました。人工知能とロボット技術を融合し、「乗りもの自体の知能化」を実現させたものです。
fuRo とプロダクトデザイナーの山中俊治氏が開発したパーソナルモビリティ「CanguRo(カングーロ)」。運転中は人馬一体ならぬ、“人機一体”の感覚が味わえるそう
CanguRoには2つのモードがあり、移動したいときには「ライドモード」を選んでバイクのようにサドルにまたがって搭乗し、ハンドルでスピードを操作します。また、搭乗者の体の傾きを検知して旋回できるため、直感的な運転が可能です。「ロイドモード(ロボット)」では、自動カートのように主人の後ろを追従し、買い物などをサポートします。離れた場所にいるときは、スマホやPCから呼び出せば自動操縦で迎えに来てくれます。
イメージとしてはかつての「馬」。CanguRoはただの移動手段ではなく、人のパートナーであり相棒のような存在です。これから先の未来、ロボットはもっと人の社会に溶け込み、人の心に寄り添うような存在になっていくと思います。
――――――ロボットというと「メカ」のような無機質なイメージがありましたが、変化しているのですね。
ロボット技術が高度になれば、人に優しさを提供できるんです。例えば、昔の車にはアクセル、ブレーキ、クラッチなどのスイッチやレバーがあり、一つひとつ操作を覚える必要がありました。そこから技術が進歩して、自動操縦ができるようになりました。もっと進歩したら、人が「◯◯に行きたい」と言うだけで連れて行ってくれるようになりますよ。そこまで達すれば、誰もが「運転」を意識することなく、どこにでも行けるようになります。
子どもたちにもテクノロジーをもっと身近に感じてほしい
――――――今後、日本のロボット分野が発展していくためには、どのようなことが大切ですか?
ロボット技術の発展に欠かせないのは「人」です。そのためには、未来の大人である子どもたちがロボットに興味を持つこと、これが第一歩です。そして、ロボットはアニメや漫画の世界の話ではなく、身近なものということを感じてほしいです。僕は子どもが好きなのもあって、ボランティアで小中学生向けのロボット講座にも携わり、そういった自分の想いを伝えています。彼らと話していて気づいたのが、「自分は文系だから」と言って、理系の子しかロボット開発を目指さない風潮があること。これは大きな勘違いです。昔は理系と文系の分け隔てなんてなかったわけですから。理系の子だけではなく、文学が好きな子や音楽が好きな子、いろいろな子どもたちがロボット技術に目を向けることが、新たなロボット誕生のきっかけになるかもしれません。
子どもが好きだと話す古田さん。インタビュー中も2人の娘さんや講座に参加する子どもたちの話になると、笑みがこぼれた
――――――最後に、古田さんの今後の展望を教えてください。
僕は定年まであと9年なので、たくさんのロボットはつくれないでしょう。だからこそ、今までいろいろな研究者が挑戦しては失敗してきた、人間型ロボットに精力を注ぎたいです。もちろん僕が目指すのは、ただのメカではなく、人の生活の役に立つロボットです。今の技術を持ってすれば、実現も夢ではないと考えています。
古田 貴之
ふるた たかゆき。1996年、青山学院大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程中退後、同大学理工学部機械工学科助手に就任。2000年に博士(工学)取得。 同年、(独)科学技術振興機構のロボット開発グループリーダーとして、ヒューマノイドロボットの開発に従事。2003年6月に千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター・fuRo設立とともに所長に就任。東京電力・福島第一原子力発電所の原子炉建屋内調査における災害対応ロボットの開発・提供、次世代モビリティやロボット掃除機などを開発する。ロボットをテーマとする映画やドラマの監修・脚本なども手掛けている。主な著書に『不可能は、可能になる』(PHP研究所)。
千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター・fuRoホームページ: https://www.furo.org/index.html
企画・編集=Concent 編集委員会