【脇雅世さん】「IHに恋しちゃった!」変化を楽しみ、道具を味方につければ、毎日の料理はもっと楽しくなる!

2026.03.31

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料理家・脇雅世さん

「女性が板場に入るなんて」と言われた時代に単身渡仏して武者修行、世界三大自動車レースの一つであるル・マン24時間レースに参加した日本チームの料理長、そして「フランス農事功労章」の受章。常に“食”の最前線を軽やかに走り続けてきた料理家の脇雅世さん。そんな脇さんのお気に入りは、IHクッキングヒーター。20年以上使い続け、「IHに恋しちゃった」とお茶目に語る脇さんのバイタリティの源は、溢れ出る好奇心にありました。料理家としての歩みや、省エネ意識の高いフランスのキッチン事情、IHへの愛、今後の展望まで、たっぷりとお話をうかがいました。

 

料理家としての原点はニワトリの餌づくり

――――――まずは、脇さんが料理家を志したきっかけを教えてください。

何をおいても、まずは「料理が好き」という気持ちが根底にあります。今でも鮮明に覚えているのは、茨城に住んでいた3歳頃の記憶。家で飼っていたニワトリのために、その辺に生えているペンペン草を包丁で切って、米ぬかと混ぜて餌を作ってあげていました。幼いながらに、すごく楽しかったんですよ。素材に触れて何かを作るワクワク感、それが料理家としての歩みのスタート地点だったような気がします。

 

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「寿司店を経営していた父の仕入れにもよく付いて行きました」と子供の頃を振り返る

 

「世界を見てから和食を学びたい」20代で単身フランスへ

――――――20代の頃にフランスで修業を積まれたそうですね。

もともと茶懐石を学んでいて、「日本料理をもっと深く掘り下げたい」という思いが強くありました。でも、当時は今と違って「女性が板場に入るなんてとんでもない」という時代で、どこへ行っても門前払い。そんな時、ふと思ったんです。「まずは世界の料理を見てから和食を学んだ方が、料理人としてもっと素敵な表現ができるんじゃないか」って。当時のごちそうといえば、外交や宮中行事などの場面で提供されるフランス料理だったので、本場に行くことにしました。

それからフランスの料理学校で2年半ほど学んで帰国しました。でも、「まだ胸を張ってフランス料理を理解したとは言えない」という思いが消えず、もう一度フランスに行きました。もちろん親は許すはずもなく、半ば家出のような形でしたね(笑)。一度目の留学は親から仕送りをもらっていましたが、二度目はベビーシッターのアルバイトをしながらなんとか生活を繋いでいました。

そんな時、パリの日本人会で料理教室の先生の募集を見つけたのが転機に。教室の評判が上々で、「10人集めるから、自宅に来て教えてほしい」といった出張レッスンのリクエストも増えていきました。うかがう先々で、使い慣れない道具や火力の読めないコンロを使いこなしながら料理を仕上げるのはもう大変。今思えば、あれは一種の武者修行でした。どんな環境でも臨機応変に料理を仕上げられる自信は、あの大変ながらも楽しい日々の賜物だと思っています。

 

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二度目の渡仏後も滞在を重ね、合計10年ほどフランスで研鑽を積んだそう

 

――――――1981年から11年間にわたり、世界三大自動車レースの一つ「ル・マン24時間耐久レース」でマツダ・レーシングチームの料理長を務められています。

レース本番までの1週間、チームに関わる100人以上の食事を10人ほどの調理スタッフで作り続けるという、なかなか過酷な経験でした。一番神経を使ったのは衛生管理です。もし食あたりが出たら、チーム全員が倒れてレースどころではなくなりますから。万が一の事態に備えて、必ずチームを2グループに分けて、それぞれ別の献立を用意していました。

決まった勝負メシもあったんですよ。金曜のお昼は、半分に切ったドラム缶に火を起こして豪快に焼くステーキ!そして夜は「敵に勝つ」という願いを込めて、一口カツ。食事はチームの士気を高める役割も担っていましたね。

 

――――――帰国後は日本で料理家として活躍され、2014年にはフランス政府から「農事功労章」を受勲されていますね。

フランスの農産物や食文化の普及に貢献した人に贈られる勲章で、私の場合は「日本の一般家庭にフランス料理の素晴らしさを伝えたこと」を評価していただきました。フランス農事功労章には、上位からコマンドゥール、オフィシエ、シュヴァリエの3段階があり、私はこれまでシュヴァリエをいただいていたのですが…実は今日、フランス大使館から「2026年1月31日付で『オフィシエ』に任命されました」と連絡が来ました。「これからも食の世界で頑張りなさいよ」と宿題をいただいたような気持ちです(笑)。

 

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「自分が信じてやってきたことが間違いじゃなくて良かった」と受章の喜びを話す

 

資源を最後まで使い切るフランスの暮らしの知恵

――――――フランスと日本のキッチンの違いで、印象に残っていることはありますか。

日本にあって助かるな、と思うのがIHの「魚焼きグリル」です。あれって、優秀な“ミニオーブン”なんですよ。フランスの家庭にあるような大きなオーブンを予熱するのは大変ですが、表面にちょっと焼き色をつけたい時ならグリルで十分。トーストだって美味しく焼けますし、これこそフランスのキッチンにもあったらいいのにな、と思います。

フランスで印象的だったのは、資源を最後まで使い切る暮らしの知恵です。マッチで火をつけるタイプのコンロを使っていたご家庭で、私がマッチを箱の側面に沿ってシュッと擦ったら、「縦に擦って使って。横に擦ると発火剤の減りが早いから」と言われたんです。些細なことですが、最後の一片まで無駄にしない。この教えは今でも印象に残っています。

村のパン屋さんの薪窯も、そんな知恵の一つ。パンを焼いた後の窯に、メレンゲを入れて乾燥させたり、近所のママンたちが煮込み料理を仕込んだお鍋を入れさせてもらったりして翌朝取りに行く。寝ている間に余熱でサクサクの焼き菓子や美味しい煮込み料理ができあがるんです。彼らには「余熱を最後まで上手に使い切る」という暮らしの知恵が息づいていましたね。

 

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「フランスに行くまでマッチを擦る方向を考えたことはなかった!」と脇さん

 

IHにはメリットがいっぱい。自ら理想のIH対応フライパンを開発

――――――脇さんはキッチンスタジオでIH、ご自宅ではガスコンロと、両方を使い分けていらっしゃるそうですね。IHのメリットを教えてください。

私はキッチンスタジオでIHを25年以上使い続けているのですが、とにかくもうIHに恋しちゃったんですよ(笑)。メリットは挙げればキリがないほどありますが、主婦目線でうれしいのは、お鍋が汚れないこと!ガス火だと、鍋に付いた吹きこぼれや油が炎で炙られて黒焦げになりがちですが、IHを使えばお鍋の底も側面もずっと新品のように綺麗です。あと、IHはデジタル制御なので、繊細な火加減も得意。他にも、燃焼による水蒸気が出ないので冬場の結露やカビの心配が少なかったり、夏場も熱気がこもらずクーラーがよく効いたり、キッチン環境を快適に保てる点も気に入っています。

 

――――――IHへの愛が高じて、IH対応のフライパンも開発されたそうですね。

貝印さんと共同開発させていただきました。毎日IHを使っていると、「あれ?これは上手くいかないな」と感じることもあって。以前、雑誌のオムレツ特集でIHじゃ上手く焼けないからと、カセットコンロを出して焼いたことがあったんです。その時は自分自身がすごく情けなくて…。「なぜできないんだろう?」と徹底的に観察してみたんです。

オムレツはフライパンの側面を使って形を整えていきますが、ガスは炎の上昇気流がフライパン全体を包み込むように熱するのに対して、IHは底面が発熱して熱を伝えます。当時のIH用フライパンだと側面まで熱が回らなかったんです。それに、金属の変形を防ぐために底を厚くしすぎて、熱が上に伝わりにくい構造でした。「だったら、IHでも理想の調理ができるフライパンを作ろう」、そう決意して開発に取り組みました。

 

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脇さんと貝印が共同開発したブランド「O.E.C.(オーイーシー)」のフライパンと玉子焼き器

 

――――――「ガスコンロのレシピをそのままIHで作ったら失敗した」という声もよく聞きます。

それは水加減の失敗ですね。ガス火は炎が鍋肌を包み込むので水分の蒸発量が多いのですが、IHは底面のみを発熱させるため、水分がほとんど逃げません。IHで煮物やカレーを作る時は、思い切って水の量を2〜3割減らしてみてください。「足りなければ後から足せばいい」くらいの気持ちで、まずはギリギリの水分で煮るのがコツです。IHの特性を知るだけで、料理が断然おいしく仕上がりますよ。

 

いつまでも好奇心を失わずにいたい!東京と京都の二拠点生活をスタート

――――――脇さんの今後のビジョンについて教えてください。

70歳を前に、京都の西陣エリアに京町家をリノベーションしたセカンドハウスを持ちました。今は月に一度は京都へ行き、一週間から10日ほど滞在してリフレッシュしています。この歳で二拠点生活を始めることに驚かれることもありますが、健康で元気に動ける時間は限られているからこそ、その間は自分の好奇心が動くままに、いろいろなことに興味を持っていたいんです。そして東京とは違った京都の食材を使い、不定期で料理教室も開いています。

 

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古い町家をリノベーションしたセカンドハウス。柱や梁をなるべく残し、内装にもこだわったそう(提供:脇 雅世さん)

 

――――――「料理をもっと楽しみたい」と思っている読者へメッセージをお願いします。

一番大切なのは「おいしいものを食べたい!」と思うこと。抜けるところは思いっきり手を抜いて、ここぞというところには手間を惜しまない。この「メリハリ」を掴めれば、料理はぐっと楽しく、楽になりますよ。

あと、わが家では家族が食べた時に必ず「おいしい」や「ちょっとこれは…」と感想を言い合うようにしてきたんです。普段の食事中に感想を伝えることは、当たり前のようで意外と少ないものですが、作っている側からすればとても張り合いになります。それが、毎日の食事を作る原動力になるんです。皆さんもぜひ、食卓での会話を楽しみながら、気負わずに料理をしてみてくださいね。

 

電気は「未来を照らす明るい光」。変化を楽しみ、賢く使いこなしていきたい

――――――脇さんにとって、「電気」とは何でしょうか。

一言で言うなら、「未来を照らす明るい光」です。私が小さかった頃に憧れた『鉄腕アトム』のようなSFの世界を現実に叶えてくれるもの、それこそが電気だと思います。もちろん、CO2の削減といった課題もあります。でも今の便利さを知った私たちは、もう昭和30年代の生活には戻れませんよね。だったら、生活の質を落とすのではなく、どうすればエネルギーを賢く、上手に使えるかを考えるほうが建設的です。

世の中はどんどん便利に進化していくもの。初めてクーラーを使った時に部屋がひんやりした時の感動は、今でも覚えています。それからファックスで画像が送れるようになったり、CDやデジカメが登場したり、携帯電話がスマホになったり、AIと会話ができるようになったり…。そうした進化を一つひとつ体験して、その恩恵を享受してきました。だからこそ、電気は必要な時に必要な分だけ、考えて使うようにしたいですね。

 

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「神戸への旅行プランをAIに立ててもらって家族に見せたら、『すごいね!』と褒められたの」と嬉しそうに話す脇さん

 

電気もIHも、そしてAIも。すべて人間が作り出したものです。だからこそ、私たちが主体性を持ってコントロールし、上手に付き合っていく。そうすれば、これほど心強い味方はありません。これからも変化を楽しみながら、豊かに暮らしていきたいですね。

 

【編集後記】
「IHに恋しちゃった!」と語る脇さん。未開の道を切り拓いたフランスでの武者修行から京都での二拠点生活まで、尽きない好奇心とバイタリティに圧倒された取材でした。フランスで学んだ「余熱を最後まで使い切る」知恵や、高い熱効率でムダなくエネルギーを活かせるIHを味方に、便利さと省エネを両立しながら暮らしを楽しむ姿が印象的です。「電気」は「未来を照らす明るい光」と捉える、そんな脇さんのポジティブなメッセージが、皆さんの毎日の食卓を明るく照らすヒントになれば幸いです。
 

脇 雅世

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わきまさよ。料理家。1977年に渡仏し、パリの料理学校「ル・コルドン・ブルー」や名門レストラン「マキシム・ド・パリ」などで学ぶ。1981年より、24時間耐久レース「ル・マン」にマツダ・レーシングチームの料理長として参加。1991年より「脇雅世料理教室」を主宰。2014年、フランス農事功労章 シュヴァリエを受章。2026年1月、同章オフィシエに昇格。雑誌やテレビなどでレシピを紹介するほか、IHクッキングヒーターの使いこなし方を分かりやすく提案している。著書に『いちばん親切でおいしい IHクッキング・レシピ』(世界文化社)など。

オフィシャルサイト:https://www.trois-soeurs.online/

Instagram:@waki_masayo

 

企画・編集=Concent 編集委員会


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