「日本のエネルギー政策」ってどうなの? エネルギーの歴史を振り返ってみた(前編)

2021.03.31

日本を取りまくエネルギーの今を伝えるべく、Concent編集部きっての好奇心旺盛なCon(コン)ちゃんが突撃取材! 第16回は、日本のエネルギー政策の今について、エネルギーの専門家に聞いてみました。そこで語られたのは、日本が歩んできた道のり。まずは幕末から大正にかけて、エネルギーの歴史をConちゃんがお伝えします!

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Conちゃん、日本の分岐点に立つ!

これまでいろいろな発電方法、エネルギーについて学んできたConちゃん。

火力、原子力、水力、風力、太陽光とさまざまな発電方法があり、どのエネルギーにも良いところと悪いところがあることを知った。

それぞれが一生懸命に頑張っているのはわかったけれど、電気を作るために、なんでこんなにたくさんの発電所を同時に動かさなければならないんだろう。どれかに絞った方がよくない?

ということで、今回はエネルギーの専門家に聞いてみました。

金田さんは、三菱総合研究所でエネルギー技術研究部次世代エネルギー事業推進室長などを務め、自治体などの公職を歴任。特に「エネルギーの歴史」に詳しい専門家だ。

金田「後でわかりますが、その理由を簡単に説明することもできません。では、まず日本、イタリア、ドイツの共通点ってわかりますか? 先進国の中でエネルギー自給率が低い国のトップ3。自給率が低いとは、国の中にエネルギー資源がとても少ないということです」

金田「エネルギー資源が少ないので、こうした国々は他の国からお金で買っています。それは私たちがいくら稼いでも、お金が海外に出ていくことを意味します。日本の場合、私たちが払った電気代は燃料の購入代として海外に出ていき、私たちの生活には還元されていません」

金田「先ほど言った通り、日本にはそもそもエネルギー資源がほとんどありません。ですから、エネルギーの自給ができないのです。さらに、島国のため、周辺国から融通することもできません。資源の少ない日本がこれからのエネルギーをどのように選択するか、それを考えることは私たちの生活に直結するとても重要なことなのです」

金田「コロナ禍で経済が苦境に立たされている今、日本はまさにエネルギー政策の分岐点に立っています。今後どのようにかじ取りしていくかによって、外交にも経済にも、さらには私たちの生活にも非常に大きな影響を与えることになります」

金田「さらに、国内事情だけで語れないのがエネルギー政策です。長い年月をかけてさまざまな経緯があって築いてきたものなので、現在の状況だけで判断すると、どこかに歪みが生じてしまう可能性もあります」

金田「これからのことを考えるために、まず知るべきは『何をやってきたのか』ということ」

 

Conちゃん、黒船から始まるエネルギーの歴史を学ぶ!

日本ってけっこう深刻なんだなぁ、と少しナーバスになったConちゃん。

どういった道を歩んできたのかを知れば、今のことがわかりやすくなるのも確か。

金田「江戸時代末期に、黒船が石炭を使ってはるか遠くから海を渡ってやってきました。目的は日本を石炭燃料などの補給地にすること。つまりエネルギーを確保するためです。そして、大砲を放ち『開国せよ』と迫った瞬間、日本はハッとしました。どんな剣の達人だろうと石炭の力にはかなわないと」

金田「このままじゃ占領されちゃうかも、と感じた黒船来航こそ、石炭に脱帽して日本も使おうと心に決めた瞬間です。つまり、ペリーが黒船でやってきたことが、日本のエネルギー政策の発端だといえるでしょうね」

金田「そして黒船来航から、すべてのストーリーが始まります。明治時代となり、石炭のエネルギーを使って始めたのが鉄作り」

金田「現在の神奈川県横須賀市にある浦賀に、日本初の製鉄所ができました。さらに、鉄から造ろうとしたのが戦艦です。これを機に、日本初の本格的な造船所もできました。こうして幕末から明治に続く、石炭時代が始まったのです」

金田「そして、その数十年後に世界最強とうたわれたロシアの艦隊が日本を襲ってきました」

金田「刀で戦っていた日本なんか勝てないと世界が思っていた中、石炭で動く戦艦があったおかげで圧勝したんです。それ以前にも海外との戦いの歴史はありますが、それらとは違い、初めてエネルギーの力で日本を守ったといえる歴史的エピソードなんですよ」

金田「うまくいったので、日本はますます石炭にシフトしていきます。石炭をエネルギー源にできるよう、いろいろなものが機械化され、次第に日本は豊かになりました。明治期の近代化と日本の独立を守った原動力、それが石炭だったんです」

 

Conちゃん、大正ロマンに電気の夢を見る!

“開国”のイメージしかなかった黒船が、実はエネルギーの重要性を日本が知るきっかけとなっていたことに驚いたConちゃん。

幕末から明治にかけて、石炭でガラリと変わった日本。続く大正時代は?

金田「電気を使い始めたのは大正初期、まさに電気と共に歩んだ時代です。大正2年(1913年)ごろから、日本中で水力発電所が造られるようになりました。私財をはたいてダムを作る実業家が現れ、ここから日本の電気事業は始まったのです」

金田「『これからの時代は電気だ』と、多くの実業家たちが主張しました。発電して使うまでの仕組みを国全体で作らなければ、諸外国に後れを取ると。日本は水資源が多く、起伏に富んだ山が多いため、落差を利用する水力発電に合っていました。そのため、ダムを造ればすぐに発電ができたので、これを機に日本は大きく“電化”していきます」

金田「石炭の時代と同じく、電気が普及すると同時にいろいろなものを電気で動かせるようにしていったんです。世界中が電気を使う流れにポンっと日本が飛び乗れた最も大きな要因は、水力発電に合う地形にあったと思います。ちなみに“大正ロマン”なんていいますが、実は電気を使い始めたことを指しているんですよ」

金田「暗くなったら寝るしかなかった時代から、電気が使えるようになって夕方や夜も生活できるようになりました。そうすると新しい文学など、その時間ならではの文化が生まれる。それが大正時代のロマンだったんですね」

金田「もちろん文学だけじゃなく、産業も栄えました。あらゆる動力が、石炭から電気にシフト。石炭でモクモクやるよりも、電気を使った方がスマートで静かですよね。職場環境もぐっと良くなったことでしょう」

金田「ただ、その背景に大変な努力と犠牲があることを忘れてはいけません」

金田「黒船来航のように、『外国に占領されないように発展しなければ!』というのが日本のエネルギー政策の起こりです。そして、日本中の人々がそう思うようになりました。昭和にかけて炭鉱やダム建設で多くの事故があり、たくさんの犠牲者が出ましたが、それでも国中が必死になってエネルギー開発は進められました」

金田「これは日本のエネルギーの歴史を語る上で、非常に重要なことです。現代なら建設工事で人が亡くなったら、その工事はストップします。でも、当時は止められなかった。やらざるを得なかったんです」

金田「例えば、時代は進み、昭和時代に建設された黒部ダム(富山県)。多くの尊い犠牲がありましたが、それでも完成させました。背景には、喫緊の課題だった大阪の産業化があり、現在の大阪があるのは黒部ダムのおかげといえます」

金田「愛知県と静岡県の県境にある佐久間ダムも、名古屋の繁栄に大きく貢献しています。そこに至るきっかけとなったのが、石炭から電気へとメインとするエネルギーが切り替わった大正時代。電気であらゆるものを作ることにエネルギー政策のかじを切ったからです。それ以降、もはや電気がなければ何も始まらない時代になったのです」

便利な暮らしや大正ロマンといった文化を生み出し、日本そのものをイノベーションさせた石炭や電気。一方で、多大な犠牲の上に成り立っていた。

国全体で推し進めなければならなかった理由は、日本の将来のため。つまり私たちが生きる現在のためだ。

そして昭和、平成、令和へ。エネルギーの歴史から見える今後のエネルギー政策とは。次回も、Conちゃんがリポート!


取材協力:金田武司

株式会社ユニバーサルエネルギー研究所 代表。東京都生まれ。東京工業大学大学院エネルギー科学専攻博士課程修了。1990年三菱総合研究所入社。同社エネルギー技術研究部次世代エネルギー事業推進室長などを務めた。2004年ユニバーサルエネルギー研究所を設立。国内学会や政府、自治体の委員など公職を歴任する。著書に『東京大停電 電気が使えなくなる日』。
http://www.ueri.co.jp/

★さらに「エネルギーの歴史」について知りたい方はこちら!
『エネルギーアカデミー』(電気事業連合会YouTubeチャンネル)

『2020—日本が抱えているエネルギー問題(前編)』(経済産業省 資源エネルギー庁スペシャルコンテンツ)
『2020—日本が抱えているエネルギー問題(後編)』(経済産業省 資源エネルギー庁スペシャルコンテンツ)